浜口梧陵 はまぐち ごりょう(1820〜1885)

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職業・身分 官僚実業家
出身地(現在) 和歌山県
生没年月日 文政3年6月15日〜明治18年4月21日
1820年7月24日〜1885年4月21日)
号・別称等 儀兵衛
成則
公輿

解説

醤油醸造元の家に生まれ、浜口儀兵衛商店(現ヤマサ醤油)の養嗣子となり、嘉永6年(1853)7代目を継ぐ。安政元年(1854)11月の大津波の際には、家屋50軒を新築するなど、村民の救援に奔走し、また延長約670メートルの大防波堤を建築。尋常小学国語読本収蔵の「稲むらの火」、ラフカディオ・ハーン著「生神」の主人公のモデルとなった。また、6年(1859)には焼失した江戸の種痘所の再建をした。慶応4年(1868)1月、和歌山藩勘定奉行、明治3年(1870)同藩権大参事を経て、12年初代和歌山県会議長に就任。17年渡米し、18年ニューヨークで客死した。

写真1

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出典:浜口梧陵伝
請求記号:289.1-H147Sh
白黒、7.8×11.5 cm