有馬頼寧 ありま よりやす(1884〜1957)

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職業・身分 政治家社会運動家
出身地(現在) 東京都
生没年月日 明治17年12月17日〜昭和32年1月9日
1884年12月17日〜1957年1月9日)

解説

旧久留米藩主有馬頼万伯爵の長男。明治43年(1910)東京帝大農大学卒業後、農商務省に入り農政に携わる。大正6年(1917)年に辞職後は、東京帝大の講師、助教授となる一方、部落解放運動や農民組合運動を支援し、「革新」的な華族として注目される。13年衆議院議員、昭和4年(1929)貴族院議員、7年農村政務次官、12年第1次近衛内閣農相。他に産業組合の要職を歴任、近衛の側近として新体制運動に参画し、15年大政翼賛会の初代事務総長となった。戦後はA級戦犯として収容されたが不起訴。30年中央競馬会理事長となり、「有馬記念」にその名を残す。

写真1

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出典:無雷庵雑記 随筆集
請求記号:798-145
白黒、7.5×11.0 cm