千石興太郎 せんごく こうたろう(1874〜1950)

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職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 東京都
生没年月日 明治7年2月7日〜昭和25年8月22日
1874年2月7日〜1950年8月22日)

解説

明治28年(1895)札幌農学校卒。各地で農業技師、農学校教師を勤め、39年島根県農会技師となる。大日本産業組合中央会島根支会などでの活動により頭角を現す。大正9年(1920)産業組合中央会主事となり、以後同会の理事、会頭を務める。この間産業組合の拡充や産業組合中央金庫、全国購買組合連合会などの農業関係団体の設立に尽力し、「産業組合の独裁王」とも称された。昭和13年(1938)貴族院議員に勅撰。20年東久邇宮内閣で農商相(後に農相)。21年公職追放となる。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:千石興太郎伝
請求記号:765-132
白黒、13.1×10.4 cm