丸山鶴吉 まるやま つるきち(1883〜1956)

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職業・身分 官僚
出身地(現在) 広島県
生没年月日 明治16年9月27日〜昭和31年2月20日
1883年9月27日〜1956年2月20日)

解説

明治42年(1909)東京帝大法科大学政治学科卒。内務省に入省し、警察畑を歩む。大正11年(1922)朝鮮総督府警務局長、15年東京市助役を経て昭和4年(1929)警視総監。6年勅選により貴族院議員となる。12年東京市会議員。18年大政翼賛会事務総長。19年宮城県知事。20年東北地方総監。21年から26年公職追放処分を受けた後、26年10月武蔵野美術学校の校長兼理事長に就任するが、在任中に死去。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:中南米の旅 残された世界の宝庫を訪ねて
請求記号:765-102
白黒、7.6×9.6 cm