岡崎邦輔 おかざき くにすけ(1853〜1936)

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職業・身分 政治家実業家
出身地(現在) 和歌山県
生没年月日 嘉永6年3月15日〜昭和11年7月22日
1853年4月22日〜1936年7月22日)
号・別称等 晩香

解説

父は和歌山藩士。本姓長坂。戊辰戦争参加後、広島県庁、大蔵省、内務省、司法省等に出仕。明治21年(1888)渡米し、ミシガン大学に留学。23年に帰国し、翌年衆議院選挙に被選挙権を得るために岡崎家に入籍して立候補、当選。以後、独立倶楽部を経て自由党・憲政党・立憲政友会に所属。33年第4次伊藤内閣で星逓相の官房長を務めた。その後しばらく政界を離れ、実業に専念。38年古河合名監事、39年京阪電鉄取締役、大正6年(1917)同社長就任。明治41年再び当選し、大正元年犬養毅、尾崎幸雄らと第一次護憲運動を起こす。第二次護憲運動でも普通選挙法の成立に貢献した。14年加藤高明内閣の農相。昭和3年(1928)貴族院議員。陸奥宗光の従弟。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:岡崎邦輔伝
請求記号:759-13
白黒、9.6×13.6 cm