水野錬太郎 みずの れんたろう(1868〜1949)

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職業・身分 政治家官僚
出身地(現在) 秋田県
生没年月日 慶応4年1月10日〜昭和24年11月25日
1868年2月3日〜1949年11月25日)

解説

秋田藩士水野立三郎の長男。明治25(1892)年東京帝大卒。内務省参事官、内相秘書官、神社局長、土木局長、地方局長等を歴任。大正元年(1912)貴族院議員に勅選される。2年内務次官、7年寺内内閣、11年加藤友三郎内閣及び13年清浦内閣の内相、昭和2(1927)年田中義一内閣の文相に就任。また、大正8(1919)年齋藤朝鮮総督のもとで政務総監を務めた。昭和15年(1940)協調会会長、17年大日本興亜同盟副総裁、翌年同統理。戦後、A級戦犯容疑者に指定されるも削除、公職追放。法学博士。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:水野博士古稀記念論策と随筆
請求記号:732-97
白黒、14.4×10.4 cm