浅野長勲 あさの ながこと(1842〜1937)

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職業・身分 公家・旧大名
出身地(現在) 広島県
生没年月日 天保13年7月23日〜昭和12年2月1日
1842年8月28日〜1937年2月1日)
号・別称等 長興(ながおき)
茂勲(しげこと)

解説

父は広島新田藩主浅野長訓(ながみち)の弟懋昭(としてる)。長訓の養子となり、文久2年(1862)本藩の世子となり、国事に奔走。長州再征の際には幕府と萩藩の関係調整にあたった。慶応3年(1867)9月薩長両藩と挙兵倒幕の盟約を結ぶ一方、高知藩に続いて大政奉還を建白。12月王政復古では、議定として小御所会議に出席。明治2年(1869)広島藩主、同藩知事。13年元老院議官、15年イタリア公使、17年宮内省華族局長官等を歴任。23年貴族院議員。侯爵

参考ウェブサイト

写真1

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出典:浅野長勲自叙伝
請求記号:729-100
白黒、9.0×13.5 cm