山崎延吉 やまざき のぶよし(1873〜1954)

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職業・身分 教育家政治家
出身地(現在) 石川県
生没年月日 明治6年6月26日〜昭和29年7月19日
1873年6月26日〜1954年7月19日)
号・別称等 延吉(のぶきち)
延吉(えんきち)
我農生(がのうせい)

解説

父は金沢藩士。明治30年(1897)東京帝国大学農科大学卒。福島県蚕業学校教諭、愛知県立安城農林学校長、愛知県農事試験場長などを歴任。全国で農村自治を説く講演活動を行う。大正9年(1920)帝国農会幹事。昭和3年(1928)衆議院議員に当選。4年三重県に神風義塾を開き、農本主義による教育を実践。7年朝鮮総督府嘱託となり、朝鮮でも農村振興に従事する。21年貴族院議員に勅撰。晩年は愛知用水の建設に尽力した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:我農生回顧録
請求記号:692-118
白黒、6.9×8.7 cm