三島弥太郎 みしま やたろう(1867〜1919)

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職業・身分 実業家
出身地(現在) 鹿児島県
生没年月日 慶応3年4月1日〜大正8年3月7日
1867年5月4日〜1919年3月7日)

解説

三島通庸の長男。私塾攻玉社、山形師範学校、駒場農学校を経て、2度の渡米でマサチューセッツ農学校、コーネル大学大学院で学び、帰国後は農商務省、逓信省につとめる。その間の明治21年(1888)父通庸の死により子爵を継ぐ。30年貴族院議員となり、子爵議員を中心とした有力会派研究会に所属。39年横浜正金銀行に入り、41年取締役、44年頭取となる。大正2年(1913)日本銀行総裁に就任し、8年在職中に死去。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:子爵三島弥太郎伝
請求記号:556-492
白黒、9.4×13.6 cm