大口喜六 おおぐち きろく(1870〜1957)

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職業・身分 政治家実業家医師・薬剤師等
出身地(現在) 愛知県
生没年月日 明治3年6月23日〜昭和32年1月27日
1870年6月23日〜1957年1月27日)
号・別称等 蓊山

解説

明治16年(1883)13歳で家業の薬種商を継ぐ。23年帝国大学薬学科選科卒。薬用植物学、生薬学専攻。28年豊橋町会議員、31年豊橋町長、32年愛知県会議員の後、40年初代豊橋市長に就任。45年衆議院議員当選。立憲国民党、革新倶楽部、立憲政友会を経て、戦後は日本自由党に所属。昭和2年(1927)田中義一内閣において大蔵政務次官に就任。この間、東京化学工業、豊橋電気、矢作水力などの取締役も務めた。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:名士の少年時代 新人国記 中部篇
請求記号:556-433
白黒、6.8×9.0 cm