関屋貞三郎 せきや ていざぶろう(1875〜1950)

現在のカテゴリー:生年月日順:1870年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:せ[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:官僚[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:政治家[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:栃木県[前の人物次の人物]

職業・身分 官僚政治家
出身地(現在) 栃木県
生没年月日 明治8年5月4日〜昭和25年6月10日
1875年5月4日〜1950年6月10日)

解説

明治32年(1899)東京帝大法科大学卒業後、内務省に入り、台湾総督府参事官、佐賀県内務部長、鹿児島県内務部長、朝鮮総督府内務部学務局長、中枢院書記官長、静岡県知事等を歴任。大正10年(1921)宮内次官となり、以後宮内大臣を補佐して活躍した。昭和8年(1933)貴族院議員。10年日本銀行監事。14年中央協和会理事長。21年最後の枢密顧問官となる。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:名士の少年時代 新人国記 関東篇
請求記号:556-433
白黒、7.0×9.1 cm