伊沢多喜男 いざわ たきお(1869〜1949)

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職業・身分 官僚政治家
出身地(現在) 長野県
生没年月日 明治2年11月24日〜昭和24年8月13日
1869年12月26日〜1949年8月13日)

解説

父は高遠藩士。伊沢修二の弟。明治28年(1895)帝国大学法科大学を卒業し、内務省に入省。和歌山、愛媛、新潟の県知事をつとめたのち、大正3年(1914)警視総監。5年貴族院議員に勅選。憲政会系の会派同成会を結成し、貴族院における反政友系の中心的人物の一人となった。13年台湾総督。15年東京市長に就任するも3ヵ月で辞職。昭和2年(1927)民政党の結成に尽力したが自身は入党せず。15年枢密顧問官。22年に公職追放。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:名士の少年時代 新人国記 中部篇
請求記号:556-433
白黒、6.9×9.4 cm