金原明善 きんぱら めいぜん(1832〜1923)

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職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 静岡県
生没年月日 天保3年6月7日〜大正12年1月14日
1832年7月4日〜1923年1月14日)
号・別称等 金原明善(きんばら めいぜん)
金原久右衛門
金原久平

解説

父は地主。明治5年(1872)浜松県第56区戸長、同年天竜川御普請専務、6年川通総取締を浜松県より命じられる。7年天竜川通堤防会社(翌年「治河協力社」と改称)を設立し、私財を投じて天竜川の治水工事に尽力する。9年静岡県会議員。18年天竜川下流域各村と紛議が生じたことなどから治河協力社を解散し、治水事業から撤退する。磐田郡の官有林を手始めに以後県内各地で植林事業を手掛ける。37年金原疎水財団を設立。また、受刑者の更生保護にも関与し、21年静岡県出獄人保護会社を設立した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:国土を培うもの 金原明善一代記
請求記号:289-Ki412-2ウ
白黒、9.1×13.4 cm