川田甕江 かわだ おうこう(1830〜1896)

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職業・身分 学者(人文科学)
出身地(現在) 岡山県
生没年月日 文政13年6月13日〜明治29年2月2日
1830年8月1日〜1896年2月2日)
号・別称等 剛(ごう)
川田城之助
川田毅卿

解説

漢学者。父は商人。山田方谷、大橋訥庵、藤森弘庵らに学ぶ。備中松山藩主板倉勝静に招かれ江戸藩邸の督学となった。維新後は宮内省に出仕し、明治17年(1885)より東京大学教授を兼ね、21年文学博士。諸陵頭(しょりょうのかみ)、貴族院議員、「古事類苑」編修総裁、東宮侍講、宮中顧問官等を歴任。学問は朱子学を宗とし、明・清の学にも通じ文章に巧みで、明治の漢文壇において重きをなした。歌人の川田順は三男。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:川田甕江先生小伝
請求記号:549-90
白黒、6.0×8.9 cm