船越衛 ふなこし まもる(1840〜1913)

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職業・身分 官僚政治家
出身地(現在) 広島県
生没年月日 天保11年6月15日〜大正2年12月23日
1840年7月13日〜1913年12月23日)
号・別称等 船越洋之助
船越松窓
船越松操

解説

父船越八百十郎は広島藩士。大村益次郎に兵学を師事。慶応4年(1868)年5月徴士江戸府判事。戊辰戦争では東北遊撃軍参謀として出兵。陸軍大丞、内務権大書記官等を経て、13年千葉県令、21年元老院議官、欧州視察の後、23年石川県知事、24年宮城県知事を歴任。27年貴族院議員に勅選。貴族院院内会派「茶話会」の中核を担う人物となった。28年宮中顧問官、29年男爵。43年枢密顧問官。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:男爵船越衛伝
請求記号:390-32-(2)
白黒、9.2×13.7 cm