土倉庄三郎 どくら しょうざぶろう(1840〜1917)

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職業・身分 実業家
出身地(現在) 奈良県
生没年月日 天保11年4月10日〜大正6年7月19日
1840年5月11日〜1917年7月19日)

解説

父は大山林地主土倉庄右衛門。明治2年(1869)吉野郡物産材木総取締役になる。3年水陸海路御用掛となり、吉野川の水路改修工事に尽力。6年には東熊野街道の開設に着手、16年に完成。吉野郡内で山林経営に従事するとともに、20年から30年代にかけて、群馬県伊香保、兵庫県但馬地方、台湾などの造林も手掛ける。自由民権運動の後援者で、15年創刊の『日本立憲政党新聞』の最大出資者、自由党の板垣退助の洋行費を出したことで知られる。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:土倉庄三郎 病臥、弔慰、略歴
請求記号:372-11
白黒、9.1×13.3 cm