高橋健三 たかはし けんぞう(1855〜1898)

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職業・身分 官僚ジャーナリスト
出身地(現在) 東京都
生没年月日 安政2年9月〜明治31年7月22日
1855年〜1898年7月22日)
号・別称等 自恃居士(じじこじ)

解説

父は尾張藩士(のちに下総国曾我野藩士)。明治3年(1870)曾我野藩の貢進生となり大学南校で法律を学ぶが、中退。12年驛逓局に出仕し、以後内務省、農商務省などを経て、15年文部権少書記官、17年兼太政官権少書記官、22年内閣官報局長。23年フランスに出張し、日本で初めてマリノニ式印刷機を購入、『官報』の改良に尽力した。25年官報局長を辞任後、『大阪朝日新聞』の客員となり論説を担当する。『国華』『二十六世紀』など多くの雑誌の刊行に関わった。29年第2次松方内閣の内閣書記官長に就任。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:自恃言行録
請求記号:84-186
白黒、10.5×15.0 cm