前田正名 まえだ まさな(1850〜1921)

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職業・身分 官僚
出身地(現在) 鹿児島県
生没年月日 嘉永3年3月12日〜大正10年8月11日
1850年4月23日〜1921年8月11日)
号・別称等 弘庵

解説

父は鹿児島藩士、漢方医前田善安。慶応元年(1865)長崎へ藩費留学して「語学塾」に学ぶ。『和訳英辞典』(『薩摩辞書』)を高橋新吉及び兄の献吉と発行。明治2年(1869)フランスに留学し、8年二等書記生としてフランス公使館勤務。帰国後、11年仏国博覧会事務官長となる。17年『興業意見』を著し、殖産興業に努める。21年山梨県知事、22年農商務省工務局長、23年農商務省次官を歴任するも、同年陸奥宗光農商務相と対立して下野。以後全国を行脚し、地方産業振興運動や実業団体の組織化を推進、「布衣の農相」と評された。貴族院議員。男爵。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:男爵前田正名君略伝
請求記号:11-593
白黒、9.5×13.5 cm