山本達雄 やまもと たつお(1856〜1947)

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職業・身分 政治家実業家
出身地(現在) 大分県
生没年月日 安政3年3月3日〜昭和22年11月12日
1856年4月7日〜1947年11月12日)

解説

父は臼杵藩士山本確。慶応義塾を経て、明治13年(1880)三菱商業卒。教員を経て、16年郵便汽船三菱(後の日本郵船)入社、23年日本銀行入行。営業局長兼株式局長を経て、31年第5代日銀総裁に就任。36年総裁退任後、貴族院議員になる。44年第2次西園寺公望内閣の蔵相を務め、以後第1次山本内閣、内閣の農商相、斎藤内閣の内相を歴任。立憲政友会に属していたが離党後政友本党を結成、昭和10年(1935)立憲民政党の最高顧問となる。大正9年(1920)男爵。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:山本達雄
請求記号:289.1-Y362Yy
白黒、11.4×16.8 cm