野村徳七 のむら とくしち(1878〜1945)

現在のカテゴリー:生年月日順:1870年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:の[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:大阪府[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:実業家[前の人物次の人物]

職業・身分 実業家
出身地(現在) 大阪府
生没年月日 明治11年8月7日〜昭和20年1月15日
1878年8月7日〜1945年1月15日)
号・別称等 野村得庵(のむら とくあん)

解説

野村財閥の創始者。市立大阪商業学校(現大阪市立大)、私立大阪実業学館に学ぶ。父の初代徳七が営む両替商を継ぎ、証券業に就く。日露戦争後の株式相場で巨利を得た後、大正7年(1918)大阪野村銀行(後の野村銀行、大和銀行)を設立。14年同行の証券部を野村証券として分離独立。証券業以外に保険、紡績、南洋開発などに事業を拡大し、持株会社・野村合名を頂点とする野村財閥を形成。戦後、財閥解体により解散。昭和3年(1928年)貴族院議員。茶の湯、能楽に造詣が深く、そのコレクションは京都・野村美術館で公開されている。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:野村得庵 〔第3〕
請求記号:289.1-N943Nn
白黒、10.3×13.9 cm