中島守利 なかしま もりとし(1877〜1952)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 東京都
生没年月日 明治10年10月15日〜昭和27年1月28日
1877年10月15日〜1952年1月28日)

解説

独学して新宿郵便局長、新宿町長となる。東京府会議員を経て、大正9年(1920)には衆議院議員(連続5回当選)となった。昭和3年(1928)に魚市場移転補償や京成電気軌道の浅草乗入れ認可などをめぐる贈収賄事件(東京市会疑獄)の中心的人物と目されて起訴され、9年に有罪となり議員を失格した。戦後、21年再度衆議院議員(当選3回)となり、日本自由党代議士会長等を務めた。

写真1

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出典:中島守利先生小伝 郷土の大先覚
請求記号:289.1-N579
白黒、8.1×11.8 cm