大村益次郎 おおむら ますじろう(1825〜1869)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 山口県
生没年月日 文政8年5月3日〜明治2年11月5日
1825年6月18日〜1869年12月7日)
号・別称等 村田蔵六(むらた ぞうろく)

解説

生年が文政7年(1824)とする説もある。町医の家に生まれ妻の実家の村田家を継ぐ。梅田幽斎、緒方洪庵に蘭学を学び、洪庵の適塾では塾頭になる。嘉永6年(1853)宇和島藩に出仕し、蘭学の教授を行うとともに軍政改革に参画。その後講武所教授として幕府に出仕。万延元年(1860)萩藩雇士となる。第2次長州征討には石州口軍事参謀として活躍し、休戦後も藩の軍制改革を進めた。その後、新政府に出仕し、明治2年(1869)7月兵部大輔として兵制の近代化に着手したが、同年9月京都で攘夷派浪士に襲われ負傷し、療養中に死亡した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm