天野貞祐 あまの ていゆう(1884〜1980)

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職業・身分 学者(人文科学)教育家
出身地(現在) 神奈川県
生没年月日 明治17年9月30日〜昭和55年3月6日
1884年9月30日〜1980年3月6日)

解説

哲学者。明治45年(1912)京都帝大文科大学哲学科卒。カント哲学を専攻。大正12年(1923)ドイツに留学後、15年京都帝大助教授、昭和5年(1930)に『純粋理性批判』を訳了し、6年に京大教授・文学博士。戦後、21年に一高校長、22年(1947)教育刷新委員会委員、大日本育英会会長を経て、25年(1950)から27年(1952)にかけて第3次吉田内閣の文相に就任し、道徳教育の重要性を強調する一方、教員給与費の半額国庫負担の制度化、給食制度の推進に尽力した。その後、中央教育審議会委員、会長、独協大学学長・自由学園理事長などを歴任。36年(1961)文化功労者。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:わたしの生涯から
請求記号:289.1-A444w
白黒、10.7×15.4 cm