大東義徹 おおひがし ぎてつ(1842〜1905)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 滋賀県
生没年月日 天保13年〜明治38年4月8日
1842年〜1905年4月8日)
号・別称等 義徹(よしあきら)

解説

生年が天保14年(1843)とする説もある。彦根藩士で小西姓であったが、後に大東家を名乗る。維新後、藩の少参事となる。明治4年(1871)岩倉遣外使節団に同行し欧米を視察。司法省に出仕し権少判事となるが辞職し、7年彦根に「集議社」を設立。10年西南戦争で西郷隆盛軍に投じ入獄。23年から35年に衆議院議員(連続当選7回)。31年には隈板(第1次大隈)内閣の司法相となった。

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm