武藤山治 むとう さんじ(1867〜1934)

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職業・身分 実業家政治家
出身地(現在) 愛知県
生没年月日 慶応3年3月1日〜昭和9年3月10日
1867年4月5日〜1934年3月10日)

解説

明治17年(1884)慶応義塾卒業。翌年アメリカに留学し20年帰国、銀座に日本初の新聞広告取次業を創始。新聞記者等を経て、26年中上川彦次郎による三井の改革時に招かれて三井銀行に入行。翌年鐘淵紡績会社に移り、大正10年(1921)社長就任。13年から代議士としても活動した。昭和5年(1930)鐘紡社長を辞任。7年政界引退後時事新報社長となり、帝人事件で政財界の腐敗を糾弾中、狙撃され死去した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:軍事救護法と武藤山治
請求記号:EG71-14
白黒、7.7×11.5 cm