大鳥圭介 おおとり けいすけ(1833〜1911)

現在のカテゴリー:生年月日順:1830年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:お[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:兵庫県[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:官僚[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:政治家[前の人物次の人物]

職業・身分 政治家官僚
出身地(現在) 兵庫県
生没年月日 天保4年2月25日〜明治44年6月15日
1833年4月14日〜1911年6月15日)

解説

幕臣。父は医師。岡山藩の閑谷学校で漢学、適塾で医学、江川塾で西洋砲術を学ぶ。幕府に用いられ歩兵奉行に進む。戊辰戦争では榎本武揚と共に函館五稜郭で抵抗するが降伏し、投獄。明治5年(1872)に出獄後、新政府に出仕。工部大学校長、元老院議官などを経て、19年から学習院長となる。22年清国公使として赴任。のち朝鮮公使を兼任。日清戦争開戦の端をつくる。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm