箕作麟祥 みつくり りんしょう(1846〜1897)

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職業・身分 官僚学者(社会科学)
出身地(現在) 東京都
生没年月日 弘化3年7月29日〜明治30年12月1日
1846年9月19日〜1897年12月1日)
号・別称等 貞一郎

解説

洋学者・法学博士。祖父は蘭学者箕作阮甫。藤森天山・安積艮斎に漢学を、家で蘭学・英語を学び、文久元年(1861)蕃書調所英学教授手伝並となる。のち仏学を修め、慶応3年(1867)徳川昭武のパリ博覧会行に随行。帰国後は明治政府に入り、西洋法律書の翻訳、旧民法等諸法典編纂などを通じて、近代法制度の整備に貢献した。この間東京学士院会員、元老院議官、貴族院議員、和仏法律学校(現法政大学)校長、行政裁判所長官などを歴任。また、明治初期には中江兆民大井憲太郎等が学んだ家塾を開き、明六社にも参加した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:国史肖像大成
請求記号:281.038-Ko53ウ
白黒、6.8×9.8 cm