松岡洋右 まつおか ようすけ(1880〜1946)

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職業・身分 外交官政治家
出身地(現在) 山口県
生没年月日 明治13年3月4日〜昭和21年6月27日
1880年3月4日〜1946年6月27日)

解説

13歳で渡米し、苦学してオレゴン州立大学を卒業。帰国後外交官となり、中国、ロシア、アメリカなどに勤務した。大正10年(1921)南満洲鉄道株式会社の理事、昭和2年(1927)に副総裁となる。5年衆議院議員に当選。国際連盟総会に主席全権として派遣され、8年満洲国に関する決議案に反対して退場、連盟脱退に至った。10年満鉄総裁に就任。第2次近衛内閣の外相となり、15年に日独伊三国同盟、16年日ソ中立条約を締結。戦後、A級戦犯に指名されたが判決前に病死した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:人間松岡の全貌
請求記号:639-35
白黒、7.5×12.0 cm

写真2

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出典:巨豪・松岡洋右
請求記号:783-394
白黒、9.1×12.1 cm

写真3

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出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:43-121イ
白黒、3.9×5.7 cm