福田英子 ふくだ ひでこ(1865〜1927)

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職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 岡山県
生没年月日 慶応元年10月5日〜昭和2年5月2日
1865年11月22日〜1927年5月2日)
号・別称等 景山英子(かげやま ひでこ)

解説

婦人運動家。父は岡山藩士。明治15年(1882)岸田俊子の遊説に影響を受け、自由民権運動に参加、私塾蒸紅学舎を開設。17年解散を命ぜられ上京。大井憲太郎らの朝鮮改革運動に加わり、18年逮捕投獄される(大阪事件)。22年大井の内縁の妻となるが離別。その後結婚した福田友作とは33年死別した。女子実業学校を開設し、平民社の社会主義運動にも参加。40年『世界婦人』を創刊し、主筆として婦人解放を主張。足尾銅山鉱毒事件の支援活動にも尽力した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:430-121イ
白黒、5.3×7.5 cm