馬場辰猪 ばば たつい(1850〜1888)

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職業・身分 政治家
出身地(現在) 高知県
生没年月日 嘉永3年5月15日〜明治21年11月1日
1850年6月24日〜1888年11月1日)

解説

自由民権家。父は高知藩士。藩校文武館、慶応義塾で学ぶ。明治3年(1870)から11年まで一時帰国を挟みイギリス留学。法学を学ぶかたわら英文で著述を行う。帰国後、共存同衆会員。14年国友会結成、自由党常議員となる。15年党機関紙『自由新聞』の主筆となるが、板垣退助の外遊に反対して免職となり、16年脱党。18年爆発物取締規則違反容疑で拘留、19年無罪釈放後渡米。日本紹介活動を行ったが、フィラデルフィアで客死した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:馬場辰猪
請求記号:76-17
白黒、6.4×9.7 cm

写真2

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出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:430-121イ
白黒、4.4×6.1 cm