新渡戸稲造 にとべ いなぞう(1862〜1933)

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職業・身分 教育家学者(社会科学)
出身地(現在) 岩手県
生没年月日 文久2年8月8日〜昭和8年10月15日
1862年9月1日〜1933年10月15日)

解説

父は南部藩士。明治14年(1881)札幌農学校を卒業。17年東大を中退しアメリカに留学、クエーカー教徒になる。24年帰国し、札幌農学校教授、東京帝大教授、東京女子大学初代学長などを歴任。特に39~大正2年(1913)第一高等学校長として人格主義教育を行う。8年~昭和元年(1926)国際連盟書記局事務局次長として活躍、晩年太平洋問題調査会理事理事長を務め、当時の代表的国際人であった。2年貴族院議員。農学博士・法学博士。著書“Bushido ; the Soul of Japan”(1900)は有名。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:新渡戸博士追憶集
請求記号:723-213
白黒、8.0×10.9 cm