頭山満 とうやま みつる(1855〜1944)

現在のカテゴリー:生年月日順:1850年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:と[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:社会運動家[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:福岡県[前の人物次の人物]

職業・身分 社会運動家
出身地(現在) 福岡県
生没年月日 安政2年4月12日〜昭和19年10月5日
1855年5月27日〜1944年10月5日)
号・別称等 立雲(りつうん)

解説

国家主義運動家。父は福岡藩士。明治初年、福岡の不平士族の結社・矯志社の蜂起計画に加わり入獄。のちに民権運動に参加し、12年(1879)向陽社を結成、国会開設請願運動を行う。14年向陽社を玄洋社と改称、次第に国権論・アジア主義の主張を強める。対外強硬論を唱え日本の対外膨張政策に関与する一方、孫文・金玉均はじめアジアの独立派・革命派の政治家たちを支援した。右翼の巨頭として政界に隠然たる影響力を持った。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:明治人物小観
請求記号:96-133
白黒、10.6×15.1 cm

写真2

新しいウィンドウで写真2の拡大画像を開きます

出典:憂国志士伝 軍人勅諭奉戴五十周年記念 国難打開自力更生
請求記号:610-174
白黒、8.3×12.2 cm