津田梅子 つだ うめこ(1864〜1929)

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職業・身分 教育家
出身地(現在) 東京都
生没年月日 元治元年12月3日〜昭和4年8月16日
1864年12月31日〜1929年8月16日)
号・別称等 津田むめ(つだ むめ)

解説

父は幕臣で農学者となった津田仙。明治4年(1871)開拓使が募集した女子留学生の一人として、岩倉遣外使節団とともに数え8歳で渡米。初等・中等教育を受け、15年帰国。華族女学校教授になったが、22年再び米国に留学し、ブリンマー=カレッジの生物学選科生となる。25年に帰国後は華族女学校教授に復帰、のち女子高等師範学校教授を兼任。33年に辞職し、女子英学塾(後の津田塾大学)を創立して、英語教育や個性を尊重する教育に努め、女子高等教育の先駆者となった。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:津田梅子
請求記号:556-444
白黒、7.9×11.9 cm