清水次郎長 しみずの じろちょう(1820〜1893)

現在のカテゴリー:生年月日順:1820年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:し[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:その他[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:静岡県[前の人物次の人物]

職業・身分 その他
出身地(現在) 静岡県
生没年月日 文政3年1月1日〜明治26年6月12日
1820年2月14日〜1893年6月12日)
号・別称等 山本長五郎(やまもと ちょうごろう)

解説

侠客。伯父の米問屋山本次郎八の養子。本名は山本長五郎。「次郎八の長五郎」から通称次郎長となる。養父の死後米問屋を継いだが、のち博徒となり多数の子分を従え、富士川や海上交通の縄張りを争い、勢力を張る。明治元年(1868)には東征総督府より道中探索方を命じられた。同年旧幕府方の咸臨丸が清水湊に停泊中新政府軍の攻撃を受けた際、死者を手厚く葬り、これを機に山岡鉄太郎榎本武揚らと知己となる。維新後は富士山麓の開墾や海運業などに従事した。

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:幕末・明治・大正回顧八十年史 第8輯
請求記号:210.6-To591b
白黒、6.2×8.8 cm