嘉納治五郎 かのう じごろう(1860〜1938)

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職業・身分 教育家
出身地(現在) 兵庫県
生没年月日 万延元年10月28日〜昭和13年5月4日
1860年12月10日〜1938年5月4日)

解説

明治14年(1881)東京大学文学部政治学科および理財学科を卒業。その後、学習院教授、第一高等中学校校長、東京高等師範学校校長などを歴任した。一方で学生時代より柔術を学び、各流派を総合改良して柔道を創始、15年に講道館を創設して館長となり、生涯にわたり柔道の研究と普及に努めた。また、国際オリンピック委員会委員就任、大日本体育協会の設立、日本へのオリンピック招致運動など、広く体育・スポーツの振興に尽くした。大正10年(1921)貴族院勅選議員。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:嘉納先生伝
請求記号:289-Ka582ウ
白黒、9.2×12.3 cm

写真2

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出典:嘉納先生伝
請求記号:289-Ka582ウ
白黒、8.4×13.5 cm

写真3

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出典:嘉納先生伝
請求記号:289-Ka582ウ
白黒、9.3×12.0 cm