三浦安 みうら やすし(1828〜1910)

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職業・身分 政治家官僚
出身地(現在) 愛媛県
生没年月日 文政11年〜明治43年12月11日
1828年〜1910年12月11日)

解説

伊予西条藩士をへて和歌山藩籍に入る。昌平校で漢学を学ぶ。慶応2年(1866)4月の和歌山藩軍艦明光丸と海援隊いろは丸の衝突事件と同年11月の坂本竜馬中岡慎太郎暗殺事件にからみ、三浦が新撰組を教唆したとの疑いから海援隊士に襲撃され負傷した。明治4年(1871)和歌山県少参事。15年元老院議官、23年貴族院議員、のち東京府知事に任じ、宮中顧問官にも勅任された。

写真1

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出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm