福沢諭吉 ふくざわ ゆきち(1835〜1901)

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職業・身分 教育家学者(人文科学)
出身地(現在) 大阪府
生没年月日 天保5年12月12日〜明治34年2月3日
1835年1月10日〜1901年2月3日)

解説

明治の代表的な啓蒙思想家。父は中津藩士で、福沢が生まれた当時は大阪の蔵屋敷詰であった。父の死後中津に戻り、白石常人に師事し、その後大阪に出て、緒方洪庵に蘭学を学ぶ。万延元年(1860)から慶応3年(1867)にかけて幕府の遣欧米使節に3度参加し、『西洋事情』等の著作を通じて欧米文化を紹介した。4年慶応義塾を創設。明治以降官職に就かず、位階勲等を受けなかった。『学問のすすめ』(1872)、『文明論之概略』(1875)など多数の著作を発表した。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm