平沼騏一郎 ひらぬま きいちろう(1867〜1952)

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職業・身分 官僚政治家首相
出身地(現在) 岡山県
生没年月日 慶応3年9月28日〜昭和27年8月22日
1867年10月25日〜1952年8月22日)

解説

父は津山藩士。明治21年(1888)東京帝国大学法科大学卒業。東京控訴院部長、大審院検事、司法省民刑局長等をへて44年司法次官。大正元年(1912)検事総長。8年臨時法制審議会副総裁。10年に大審院長に就任。12年第2次山本内閣司法相となる。翌年貴族院議員に勅選、枢密顧問官に任命される。また同年から復古的日本主義を唱え、国本社を主宰。のち枢密院副議長、議長を歴任。昭和14年(1939)首相。戦後A級戦犯として終身禁錮刑となった。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:歴代首相等写真
請求記号:憲政資料室収集文書 1142
白黒、11.4×15.6 cm

写真2

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出典:憲政五十年史 : 画譜
請求記号:430-121イ
白黒、7.5×11.1 cm