南部次郎 なんぶ じろう(1835〜1911)

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職業・身分 外交官
出身地(現在) 岩手県
生没年月日 天保6年9月17日〜明治44年3月5日
1835年11月7日〜1911年3月5日)
号・別称等 東政図(ひがし まさみち)

解説

盛岡藩士。父は盛岡藩主の南部氏の一門であったが、父と対立して定禄を没収され、南部を称することも禁止されて、一時期、東姓を名乗る。その後許されて16歳で近侍になり、嘉永6年(1853)家老となる。藩内保守派と対立したが、大参事となり戊辰戦争の敗戦処理にあたった。後に外務省に入り、清の芝罘(現煙台)初代領事となる。明治19年(1886)退官。

写真1

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出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm