谷干城 たに たてき(1837〜1911)

現在のカテゴリー:生年月日順:1830年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:た[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:政治家[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:陸軍軍人[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:高知県[前の人物次の人物]

職業・身分 陸軍軍人政治家
出身地(現在) 高知県
生没年月日 天保8年2月〜明治44年5月13日
1837年〜1911年5月13日)
号・別称等 谷干城(たに かんじょう)
干城生(かんじょうせい)

解説

父は高知藩士。武市瑞山の影響のもと、尊王攘夷運動に加わり、薩土の連携に尽力。大軍監として戊辰戦争に従軍。明治4年(1871)兵部権大丞となり、陸軍大佐に任官。6年熊本鎮台司令長官に就任。翌年、佐賀の乱の鎮定に関わり、台湾出兵にも参軍。9年熊本鎮台司令長官に再任。西南戦争で熊本城を死守。陸軍士官学校長などを経て、17年に学習院長に就任。第1次伊藤内閣農商務相。欧州視察後、政府の欧化政策、条約改正に反対し、大臣を辞職。23年貴族院子爵議員。三浦梧楼らとともに藩閥政治批判を展開し、対外硬を唱えた。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm

写真2

新しいウィンドウで写真2の拡大画像を開きます

出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm

写真3

新しいウィンドウで写真3の拡大画像を開きます

出典:幕末明治文化変遷史
請求記号:210.6-To591b2-t
白黒、7.2×13.1 cm