武石浩玻 たけいし こうは(1884〜1913)

現在のカテゴリー:生年月日順:1880年代[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:職業・身分:その他[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:人名50音順:た[前の人物次の人物]

現在のカテゴリー:出身地:茨城県[前の人物次の人物]

職業・身分 その他
出身地(現在) 茨城県
生没年月日 明治17年10月20日〜大正2年5月4日
1884年10月20日〜1913年5月4日)

解説

飛行家。渡米し、ユタ州立大学予科に学んでいたが、飛行機に関心を持ち飛行機学校に入学、操縦技術を学んだ。同地では『ロッキー時報』という邦字新聞も発行している。大正2年(1913)5月4日、大阪・京都間を飛行したが、京都深草練兵場への着陸に失敗、死亡した。日本の民間飛行家最初の犠牲者である。帰国して1ヶ月ほど後に起きた事故であった。

参考ウェブサイト

写真1

新しいウィンドウで写真1の拡大画像を開きます

出典:近代名士之面影 第1集
請求記号:419-34
白黒、8.1×11.1 cm