島田三郎 しまだ さぶろう(1852〜1923)

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職業・身分 政治家ジャーナリスト
出身地(現在) 東京都
生没年月日 嘉永5年11月7日〜大正12年11月14日
1852年12月17日〜1923年11月14日)

解説

父は幕臣。昌平坂学問所、沼津兵学校、大学南校、大蔵省附属英学校で学ぶ。23歳のときに「横浜毎日新聞」の社員総代の島田豊寛の養子となる。明治14年(1881)東京横浜毎日新聞社に入社。23年第1回総選挙で衆議院議員に当選し、以後連続14回当選。27年衆院副議長。大正4年(1915)同議長。雄弁家として知られる。また、毎日新聞社長として廃娼運動、足尾鉱毒事件を取り上げるなどシャーナリストとしても知られている。

参考ウェブサイト

写真1

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出典:近世名士写真 其2
請求記号:427-53
白黒、21.0×27.0 cm