史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

[立憲民政党関西大会演説要旨]

[立憲民政党関西大会演説要旨]



【2コマ~5コマ】

「一、政治は正義を基調とし人類社会の道徳的完成を最終の目的とすへきことを略説し、政治家の行動及政治の標準は現代に於ける国民平均道徳以上たるへきことを主張し、道徳を破壊し、正義を無視する政治は人類社会の公敵たるを簡単に論する事
「一、「政治は力なり」との標語及其実行か久しきに渉て、如何に我国の政治を蠧毒し、人心を悪化せしめたるかは事実の証明する所なり。
国民は最早其弊害に堪ゆること能はす。吾党は国民と共に「政治即力」の主義を排斥し、「政治即正義」の原則を樹立し、之れか実行を確保するか為、最善の努力を為すへきことを誓ふもの也。

一、発論
茲に立憲民政党関西大会に臨み、多数の同志諸君と相見ゆるに当り、時局に関する所見の一端を述へて諸君の参考に供せんとす。

一、憲政布かれて殆と四十年。政機の転換は帝国民の意表の外に出て、国民をして政党内閣制確立の日の遼遠なるを痛嘆せしめたり。最近に至て二大政党対立の勢成り、政党内閣制度も略確立せらるに至り、国民をして始めて政治の公明を期待せしむるに至り、憲政有終の美、漸く其曙光を認むるに至り、若し政党内閣制運用の始めに於て、施設其宜きを得す、政策機宜を失するときは、議会政治の信用地を払て、空しく国民の失望を招くの結果、如何なる事態を発生せむも測り難く、或は議会否認の如き思想の悪化を見ることなきを保せす。今日の状態は実に我国民の能力が果してより政党内閣制の運用に堪ゆるや否やを試験すへき、極めて大切なる時機なりとす。政党政治家の責任洵に重大なりと言はさるへからす。余は此意味より政策上の意見の相違は別問題として、政友会の内閣か誠心誠意君国の為所信に邁進し、政党政治の信用と権威とを発揮せんことを衷心より希望したり。

一、然るに政友会内閣の態度並其施設を見るに遺憾の点尠からす。国民の期待を裏切り、憲政の発達を阻害すること大なり。

一、吾人は現内閣の政策並施設を批評するに先ち、国政担当に対する根本の態度に就て一言を費し国民の自覚を促ささるへからす。

一、選挙と人事行政―
政治家か国民の信望を担ひ、大命を拝して国務の燮理に当るや、其間一点の私心を包蔵することを許さす。一意

【6コマ~10コマ】

君国に報し、蹇蹇匪躬の誠を效ささるへからす。然るに政友会内閣の態度を見るに、動もすれは党利党略に急にして輔弼の重責を等閑にするの嫌あり。誠に其最も顕著なる一例を示せば、過般執行せられたる府県会議員の選挙に際して、政府は全力を挙けて与党候補者の当選に狂奔したり。政党か党勢の拡張に努むるは固より当然のことなりと雖も、地方選挙を有利に展開せしか為、中央官憲全力を挙けて之に当り、其結果国務の遂行をおろそかにし、或は実行の信念を有せさる各種政策の宣伝をなして国民に媚ふるか如きは、決して国家に忠実なる所以にあらす。断して立憲政治家の態度を以て目すへきにあらす。特に選挙の準備に供せんか為に政務事務の区別を紊り、殆んと空前とも言ふへき地方長官以下の大更迭を断行して官界に異常の衝動を与へ政府の威力を示して、国民を脅威し、選挙の勝利を僥倖せんと試みたるか如きは甚しき失当の措置にして、普通選挙の第一頁に一大汚点を印するものと言はさるへからす。此の如き時代錯誤の遣り方は官界に言ふへからざる不安を与へて行政機関の能率を減殺し、憲政の発達に障害を及ほすのみならす天下の人をして斉しく、政党政治の真実に顰蹙せしめたり。選挙の成績が政府の予期に反して政府党の勢力を減少せしめ、在野党の勢力を増大せしめたる。固より当然のみ。更に怪むへきは与党の人々が屡々会合を催して白昼公然政府高官の進退を私議するか如き、或は公平中正を旨とすへき中央金融機関の首脳部に政党の色彩を浸潤せしめ、不当の甚きものにして、政府に若し従来の態度を改むる所なくんは、或は恐る天下幾十万の官吏をして陛下の官吏たるを忘れて政党の使用人たるの感を抱くに至らしめむ。此の如くんは、社会の秩序と平和とは抑も何に由て維持するを得へきや、実に寒心に堪へさるなり。

一、現内閣成立以来茲に八閲月、果して何事をか為したる。内閣成立の使命たる対支外交及財界安定の其後の経過及現状は如何。又此二大政策以外に、政友会年来の主張にして之か実行を天下に声明し、

【11コマ~15コマ】

国民に公約したる幾多重要政綱の成行は如何。

一、山東出兵―
山東出兵が現内閣の重大なる失政たることは、今更繰返して論する迠もなし。現内閣は隣邦時局の推移に対する判断を誤まり、一定不動の方針を有せすして急遽兵を山東に出、荏苒三ヶ月の久しきに渉りしも、輿論の攻撃に堪へすして、終に卒然として撤兵を声明するの已むを得さるに至りしは、軽率の甚きものにして独り内外の疑惑を招き、国交の将来に不利の影響を及ほしたるのみならす、実に我が民を贖し、国軍の権威を失墜したるものなり。此事に付て政府は兎角の弁明を試みたるか如きも、之を出兵当時より撤兵、断行まての山東時局の推移に徴するに、出兵の必要なかりしこと極めて明白にして、政府は此失政に付重大なる責任を負はさるへからす。

一、満蒙交渉―対支外交の失敗は独り山東出兵に止まらす、満蒙交渉に於て更により以上の失敗を重ねたり。南満洲及東部内蒙古に於ける帝国特殊の地位に付ては独り

国民的信念

の極めて鞏固なるものあるのみならす、世界列国の斉しく承認する所、随て該地方に於ける特殊の権益を擁護し、之か妨碍となるへき幾多懸案の解決を図るは、固より当然のことに属す。然れとも之か解決をして帝国に有利ならしめんか為には、対手国の国内的事情と交渉当事者の地位を熟察し、之か時機順序方法等に付て慎重の考慮を加へ、周到なる用意を施ささるへからす。然るに政府は事功に急なるの餘り、此等の考慮下周意とを欠き、然も之を誇張的宣伝の下に、一気に之か解決を図らんとしたるか為め、其交渉は以外の障碍を蒙り、南満州に於ける帝国勢力の中心点とも称すへき奉天に於て未曽有の排日運動に惹起し、為に非常なる勢を以て着手し

【16コマ~20コマ】

たる交渉は忽ち中止の已むを得さるに至り、其後排日運動の屏息と共に交渉再開を伝へられたるも、右は単なる宣伝に止まり、現内閣か万難を排して之か遂行を図るへしと揚言し、全力を挙けて解決に着手したる満蒙交渉の再会は果して何れの日にあるへきか、殆んと豫想する能はさるに至れり。満蒙交渉を妨害せんか為め排日運動の暴挙に出てたるは、支那人が帝国政府の要求を以て積極的侵略的態度に出つるものと信し、帝国政府の真意を誤解したるに由るものにして、其曲固より彼にありと雖も、彼をして此の如き誤解を起さしめ、殆んと現内閣の生命とも言ふへき対満蒙政策に一大頓挫を生し、適当の時機方法を以てせは、成功を見るへかりし交渉をして、終に中止の已むなきに至らしめたるは、現内閣か対支外交方針に確乎たる信念を有せす、対手国の事情を顧慮することなく、徒に誇張的宣伝を敢てし、軽率に事に当りたる罪にして其責任極めて重大なりと言はさるへからす。余は此是非を現内閣の失政を攻撃するも、由来満州の地は帝国か東洋の平和を保持せんか為、婁々国運を賭して戦ひたる処、随て満蒙に於ける帝国特殊の地位の聊かたりとも動揺するか如きことは、我国民的信念の断して許ささる所、余は此機会に於て国民に代り敢て之を中外に声明するものなり。

一、支那動乱の結て解けさるは、隣邦の為又東洋全体の平和の為、洵に遺憾とする所なりといへとも、内政不干渉の方針は帝国の伝統的国是にして之を変更する事を許さす。吾人は只支那国民の自覚的奮起により、速に平和の回復され、自他共に其慶に依るの日の一日も速かならんことを望むや切なり、革命運動の

【21コマ~25コマ】

是非に付ては之か批評を避くへしと雖も直接に帝国の利害に関係せさる限りは之を支那人の自由行動に任すへし。妄りに之に対して妨害を加へ、若は之に助力を与ふるか如きは、二つなから宜きを得たるものにあらす。

一、貿易の振張と外交方針―
日支親善と云ひ共存共栄と云ひ、唇歯輔車と云ひ同種同文と云ふか如き抽象的空論は、今日に於て事に益なし。日支親善共存共栄を具体化するの途は主として、経済上通商貿易上の関係を緊密にするにあり。概言すれは我国の資本と技術とを輸入して支那の富源を開発し、有無相通して以て経済上貿易上の共同の利益を受くることに依て、始めて共存共栄の実を挙くるを得へし。前内閣は欧米各国と親密なる交際を持続し、以て通商貿易上の利益を収むるに力を尽したるは、勿論又東方諸国との間に修好を結ひ、相互のの(ママ)利益を増進するに力めたるは、世人の熟知する所なり現に労農露国を承認して通商を開始し、埃及、波斯、仏領印度、土耳其等も通商条約を締結して貿易上の利益を収め、之と同一の方針を以て支那に臨み、特に支那富源の中心地方たる長江流域に我商権の確立を策し、着々成功の域に進みつつありたり。将来、外交上の方針を決するに当ては、主として経済上貿易上の利益増進に重きを置かさるへからす。随て帝国の対支外交は、単に満蒙に於ける特殊地位の確保のみを以て満足することなく、支那本部特に其富豊饒の中心地方たる長江流域に対する貿易の振

【26コマ~30コマ】

張に力を尽し、以て両国共通の利益を具体化せさるへからす。但し之れか為に他国の利益を侵害することきは勿論也。

一、財界安定―
財界の安定は、実に現内閣成立の重要なる使命の一なり。五月の臨時議会に於て、帝国議会か満場一致を以て「モラトリアム」の緊急命令に事後承諾を与へ、又五億円及二億円と云ふ莫大の損失補償を目的とする日銀特別融通及台湾金融機関の救済に関する二大法律案に協賛を与へたるは、決して国民負担を顧念せさるにあらす。只之れ依て財界の安定を希望するの念甚た切なりしか為めなり。内閣生れて八ヶ月。財界安定の法律実施されて七ヶ月。其事実決して短しと云ふへからす。然るに我財界の現状は果して如何。銀行の取付は纔かに止みたりと雖も、財界は内面的には未た安定を得す。金融機関の整理は毫も進捗せさるにあらすや、信用の恢復、商工業の振張実に見るへきものなきにあらすや。我民政党の修正に係る休銀の整理は未た成らさるのみならす、年内に果して幾何の休銀か整理を了へ、新設銀行に合併せらるるの運となるへきや、何人も之を予見し得るものなし。幾十万、幾百万の預金者は、果して何時になれは預金の払戻を受け得へきや、殆んと予想することすら出来ない。若し遅くとも年末迠に休銀の整理か出来上らなけれは、是非預金者の生活や中小の商工業の状態は、如何になり行くてあるか。是れ独り経済上の重大問題たるのみならす、又実に社会上由々敷問題てある。財界の整理、特に休銀の整

【31コマ~35コマ】

理か何故に此の如く遅れたか、これは固より種々複雑なる事情もあらんが、主たる原因は政府の方針か常に変動して毫も一定する所なく、加ふるに政府当局の熱心の足らさるか為めてある。特に問題の中心たる某銀行の単独整理か朝には可能なるか如く吹聴せられ、夕には不可能なるか如く宣伝せられ、政府側の所見動揺して定まらす、剰へ其貸借資産の内容が婁々新聞紙上に掲載せらるるか如きは、吾人の意外とする所なり。信用を基礎とする銀行としては実に堪へ難き苦痛にして、整理上重大なる障害となるへし。若し、休銀の整理に対する政府の方針早くより一定して居り、此一定せる方針に従て熱心忠実に其使命に努力せは休銀整理の進捗見るへきものありたるならんと思はる。休銀整理の遅速は独り預金者救済の遅速の問題に止まらす、延て全体としての財界の整理恢復の遅速の問題に及ふものにして政府の怠慢の為、財界の整理恢復か進捗せさることは国家の為、遺憾に堪へさる所なり。」此の如くして現内閣成立の二大使命たる対支外交と財界の安定とは、大体に於て二つながら失敗に帰したり。

一、其他の重要政綱―
然らは他の重要政綱は如何。
政友会の重要政綱として天下に声明し、国民に公約したるもの三あり。積極政策即産業立国、地方分権、及地租委譲是れなり。

一、財政― 
余の信する所に依れは国家の財政は国民経済の基礎の上に立て常に不可分の干係を有し、

【36コマ~40コマ】

之と消長を共にせさるへからす。産業隆盛にして国富増進し、国民の所得増加する時代に於ては、財政亦之に伴ふて相当の積極的施設を講するを妨けす。之に反して産業萎靡して民力疲弊する時は、財政亦之に応して整理緊縮の方針を取らさるへからす。我国現時の経済界は
連年の不景気に禍せられ、産業振はす民力枯渇す。財政亦宜く整理緊縮の方針を取り、厳に歳計の膨脹を戒め、経済に対する圧迫を除き、以て財界の安定を計るへしこれ実に財界の整理を促かし国民経済の恢復を計る所以の方策なり。然るに政友会は不幸にして吾人と所見を異にし、打続く不景気の上に今春に於ける動乱の後を受けて財界空前の不振を極むる今日の場合に拘らす、国民経済の実況を無視して、強いて政友会伝統的の主張たる各種の積極政策を、各省大臣争ふて明年度予算の上に実現せんとせり。此の如き無謀の計画は、事実に於て不可能事に属するのみならす、強て之を実行せむとせは、財政上非常なる無理を行ひ、或は公債の増発を誘致し、其結果現下の財界に対して不良の影響を及ほし、之れか整理恢復を遅延せしむるのみならす、物価の低落を妨け、国民生活の脅威を招き、国際貸借の均衡を紊り、帝国財政経済の信用を海外に失墜せしむるに至らむ。明年度予算の内容に至ては未た政府より公表せさるのみならす、後年度に渉る財政計画の説明を聞くの機会に接せさるか故に、今日に於て之を批評することを得すと雖とも。新聞紙の報する所に依れは歳計の総額は空前の巨額に上り、新規公債の募集額亦二億円を算するものの如く、之を大正十五(昭和元)年度の提出予算に比すれは、一億六千万円の増加にして昭和二年度のそれに比すれは三千万円の増額に相当す。実に御大礼費及将来の議会に提出さるへき追加予算を合計すれは、昭和三年度の予算総額は、恐くは十八億円内外の巨額に上るへし。然るにも拘らす、政友会年来の主張たり、現内閣の重要政綱として深く国民に公約したる地租

【41コマ~45コマ】

委譲は之を昭和五年度に延期し、農地債権に依る自作農奨励案は有耶無耶の間に葬られ、所謂積極政策標榜の下に編成せられたる空前の大予算も徒に散漫無方針に陥り、一も中心政策と目すへきものを有せさるものの如し。

一、地租委譲―
吾人は従来婁声明するか如く、地租委譲に絶対反対の意見を有するものにして、現内閣か財政困難の今日、何故に故らに此の如き政策を急速に実行せんとするかを解するに苦みたり。又内閣が如何に熱心に之が実行を主張するも、財源の関係上、其実行不可能に終るへきを信したり。果せるかな予算閣議の半ばに於て四年度実行の公約を破り閣議は紛糾に紛糾を重ねたる末、首相の裁断に依り終に之か実行を延期することに決したり。五年度よりの実行も果して可能なりや否やは政府の財政計画を詳にせさる今日此処に之を確言するを得すと雖とも、吾人は其可能性に付て多大の疑を抱くものなり。吾人は国家の為、地租委譲案が一年二年の延期は愚か永久に抹殺せられんことを望み、政府が来議会に委譲に干する法律案を提出したる場合は堂々、之に反対するの決意を有す。然れとも之を政府及政友会の側より見れは、今日に於ける地租委譲の延期は、明に天下に対する公約を裏切り、公党の面目を失墜し、政府の威信を毀損するものにして、政治道徳上断して容すへからす。委譲延期に対する政府の説明を見るに、一として首肯するに足るものなし。委譲に要する法令の制定其他、手続上の問題の如きは政府に言責実行の誠意あらば、決して困難なる問題にあらす。又府県に於ける賃貸価格調査の時日の不足を云々するも、政府にして公約実行に忠実ならば、其間自ら便法なきを憂へす。委譲延期の真の理由は主として財源の一点にあるを疑はす。而も我国財政の現状に於て、年々六千七百万円の恒久財源を失ふ

【46コマ~48コマ】

を許ささるは最初より明白なる所、此明白なる道理を知らすして四年度委譲の実行を唱へ来り、予算閣議の中途に於て始めて延期の已むを得さるを悟りたるか如きは、其無責任実に驚くに堪へたり。

一、地方分権は現内閣及与党の重要政策の一なるも、其意義及内容の如何は未た具体的に説明せられたることなし。一度政府部内の議に上りたることある州庁設置案は闇から闇に葬られ、知事公選論も亦杳として消息なく、行政制度審議会の議に上りたる案として世上に伝へられたるもの、何れも枝葉末節に止まり、これこそ地方分権の実体に触れたりと認むへきものなし。此の如く、現内閣は何等積極的の地方分権を具体化せさるのみならす、其日常為す所を見るに或は地方官吏を政党化せしめ或は部下の官吏及其与党が隠然地方自治を撹乱するを黙過するなど却て地方分権の精神に逆行するの傾向あるは吾人の了解に苦む所なり。

一、吾人の所見―
外交方針、特に帝国外交の枢軸をなす対支外交の大体方針に関する吾人の所見は前段を概説したり。繰返して言へは、満蒙に於ける帝国特殊の地位を擁護すると同時に支那本土に対する貿易上の利益を増進し日支両国経済上共通の利益を目的として外交方針を立つることこれなり。内政問題に関する恒久的の政策にあり。経済問題に干しては貿易の振興を計り、国際貸借の干係を改善し正貨の維持増殖に努め為替の安定昂上を計り以て金解禁の機運を導き我国の経済状態をして自然の法則に復調せしむるにあり。諸般の財政政策及経済政策亦此目的に向て施設計画するを要す。吾人か放漫なる積極的財政計画に反対し当分の間隠忍自重して大体に於て整理緊縮の財政々策を維持すへきを唱へ、物価の騰貴を戒め官民一致財界の整理恢復に努むへきを主張するもの亦之れか為めに外ならす。吾人は帝国の経済状態に鑑み在野十年の間熱心に之を主張し、一たひ朝に立つや既往三年の間、万難を排し財政経済政策の目標として実行し来れり。現内閣の施為する所多くは

【49コマ・50コマ右】

目前の利害に堕して、国家の大局を顧みす。財政経済に干する政策、亦国民経済の実際に副はす、動もすれは国際上の信用を失墜せむとするか如きは、邦家の為め遺憾に堪へす。特に正貨漸減の傾向と為替相場低落の趨勢に顧み、特に政府当局の自覚を促かささるへからす。世間の一部には本年の貿易入超額が昨年に比して激減したるか為、本年は多大なる正貨の流出なくして済むへしと唱へて貿易の将来を楽観するものあるも、対米為替四十五弗台に下落したる今日に於て、入超の減少を喜ふか如きは、誤れるの甚きものなり。社会問題に干しては、現今我国内外の情勢に稽へ、将

【49コマ・50コマ左】

来を推すに最も憂慮に堪へさるは、階級間利害衝突の傾向是れなり。此衝突は工場に於て農村に於て、或は自治体の公益機関に於て、年と共に増進するの傾向あり。階級意識の発達と階級闘争の激甚とは産業の平和と隆昌とを妨け、其結果生産の減少を招き、延いて無産階級を含む所の国民全体

【51コマ~53コマ】

の福利を減殺し、其生活を脅威するのみならす、勢の趨く所、思想を悪化せしめ、経済組織の変革を招き、社会組織の根底を動揺せしむることなきを保し難し。之を予防するか為めには、政治的経済的並社会的の各方面に渉て諸般の政策を講究実施せさるへからす。吾人は夙に此点に深甚の注意を払ひ、政治的方策の一として普通選挙の実施を提唱して、既に之れか制定実施を見たり。経済的社会的方策としては社会政策を根幹とする税制の整理を行ひ、健康保険法の実施を急き、工場法を改正し、国際労働会議の決議を尊重して、出来得る限り之か適用実施を計り、其他各種の政策を行ふて、階級間利害の調和を図ることに努力したり。将来も亦此方針に従ひ、事情の許す限り、各種の社会政策を実行して、以て労資の協調産業の平和に貢献せさるへからす。蓋し今日の時勢に於て労使協調を進めんとするには、単純なる古来の道徳的干係のみに以来すへきにあらす。必すや国家か自ら進んて立法又は予算の力に依り、各種の政策を行ふにあらされは、其の目的を達すること能はす。之と同時に労資双方に於ても亦、自ら反省自覚して円満協調の方法を講し、以て産業改善の目的を達せさるへからす。是れ独り労資双方の幸福を増進する所以たるのみならす、又実に国家全体の秩序を維持し、利益を増進する所以なりと信す。

一、結論―
今や当面の時局重大にして、差向き適切なる解決を要する緊急事項極めて多きのみならす、内外の情勢に鑑み、速に一定不動の方針を立て永遠の利益を維持増進するの途を講すへき大切なる時機に於て、現内閣の施為する所概ね時代の要求に合致せす。加ふるに其態度は真摯と慎重とを欠き、内閣に対する国民の信望、日を逐て失墜しつつあり。於是国家の重きに任するもの、唯一の在野党たる我党の双肩に懸れり。我党の責任、愈々重きを加へたりと云ふへし。同志諸君宜く責任の重きを思ひ、国家の為、益々奮闘努力せられむことを望む。

(注意)対支外交方針の要点を幣原前外相に諒解を求むる事。但し、中野君を煩して。

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