第4章 実学としての和算

コラム ピタゴラスの定理(難易度2)

直角三角形の3辺の長さに関する a2+b2=c2 という関係はピタゴラスの定理(三平方の定理)と呼ばれます。この定理はその名の通り古くから知られていますが、本当にピタゴラス(c.BC570-c.BC500)が発見したかどうか確証があるわけではありません。

ピタゴラスの定理
ピタゴラスの定理

3世紀にディオゲネス・ラエルティオスは『哲学者列伝』の中で「算数家のアポロドロスによれば、彼は直角三角形の斜辺の上に立つ正方形の面積は、直角をはさむ他の二辺の上に立つ正方形の面積の和に等しいということを発見したときに、百頭の牡牛を犠牲に捧げたということである。」と書いています。しかし、この算数家のアポロドロスについては詳細が不明です。
ピタゴラスの定理は紀元前3世紀にユークリッドが『原論』の中で証明していますが、ここではピタゴラスという名前は出てきません。しかし、5世紀にプロクロスの書いた『ユークリッド原論注釈』や紀元前1世紀ローマの建築家ウィトルウィウスの『建築十書』には、この定理の発見者はピタゴラスであるとされています。こうした古代の文献がルネッサンス時代に見つかり、以降、ユークリッド『原論』に、これはピタゴラスが発見したと書かれるようになりました。しかし、現在では、ピタゴラスはこの定理の発見者ではないという見解が有力です。
この定理は中国の数学では鉤股弦(こうこげん)の法と呼ばれ、古代の数学書『周髀算経』や『九章算術』で取り上げられています。日本に入ってからも鉤股弦という名称はそのまま使われました。鉤は「かぎの手」で直角を挟む短辺を、股は「足の分かれめ」で長辺を、弦は「弓のつる」で斜辺を意味しています。古代バビロニアや古代インドでもこの定理は発見されており、測量や建築、天文観測などで使われる重要な定理でした。三角関数もピタゴラスの定理と密接に関係しています。

『周髀算経』の注釈書にある「弦図」

『周髀算経』の注釈書にある「弦図」この注釈書では、3辺の長さが3,4,5の直角三角形について32+42=52となることを図で説明していますが、長さがa,b,cの場合もa2+b2=c2となることが、この図から証明できます。次の二つの図もご覧ください。

ピタゴラスの定理の証明法は数百通りもあることが知られています。上記のユークリッドによるものは三角形の合同と等積変換を使って証明されていますが、この他に相似を使っての代数的な証明もありますし、同じ直角三角形を4個うまく配置して、面積計算から導く方法や斜辺以外の2辺が作る二つの正方形を分割して斜辺と作る正方形に重ね合わせる方法もあります。

4個の直角三角形を並べる方法

図1

図1図1では、c2=4・ab/2+(b-a)2
=2ab+b2-2ab+a2
=a2+b2
となりますし、

図2

図2図2では、c2=(a+b)2-4・ab/2
=a2+2ab+b2-2ab
=a2+b2
となります。

こうした面積を使っての証明はボヤイ=ゲルビンの定理と関係があり、和算では裁ち合せの問題として取り上げられていました(後出)。また、ピタゴラスの定理の証明法を集めた本にE.L.Loomis: The Pythagorean proposition (Washington, D. C., 1968)があり、この本は米国ERIC (Education Research Information Center)の電子図書館( http://www.eric.ed.gov/ ) で読むことができます。

裁ち合せの例(『勘者御伽草紙』から)
裁ち合せの例(『勘者御伽草紙』から)

ピタゴラス数

a2 + b2 = c2 となる自然数の三つ組(a,b,c)をピタゴラス数と呼び、3辺の長さがこのa,b,cとなる直角三角形をピタゴラス三角形と呼びます。(3,4,5)が一番よく知られたピタゴラス数ですが、他に(5,12,13)や(15,8,17)などもピタゴラス数です。ピタゴラス数は無限にあることが知られていますが、それは何故かを考えてみましょう。nを任意の自然数として、a=3n、b=4nについてa2 + b2 を計算しますと(3n)2+(4n)2=25n2=(5n)2 ですので、c=5n とすれば (a,b,c) はピタゴラス数です。nは任意ですので確かにピタゴラス数は無限に存在します。n=1,2,3...としますと(3,4,5)(6,8,10)(9,12,15)...というピタゴラス数が得られます。しかし、このやり方では(5,12,13)はどんなnからも得られません。
実は(5,12,13)はa=2n+1、b=2n(n+1)、c=2n2+2n+1 とした時のn=2の場合で、
任意の自然数nについて (2n+1)2+{2n(n+1)}2=4n4+8n3+8n2+4n+1=(2n2+2n+1)2
となり、(a,b,c)はピタゴラス数になっていることがわかります。n=1,2,3...としますと(3,4,5)(5,12,13)(7,24,25)...というピタゴラス数が得られます。これは以下のように、四角数の性質を利用することでも発見することができます。

四角数とピタゴラス数

奇数を順番に加えた数字は1=12、1+3=22、1+3+5=32のように平方数(四角数)となります。

奇数の和は平方数

奇数の和は平方数図から 1+3=22、1+3+5=32、1+3+5+7=42、・・・となることがわかります。 これは最初のn個の奇数の和を
S= 1 + 3 + 5 +……+(2n-3)+(2n-1) と
S=(2n-1)+(2n-3)+(2n-5)+……+ 3 + 1 の2通りで表わして、加えると、
2S= 2n + 2n + 2n +……+ 2n + 2n となって
S=n2 です。

図からわかるように、1+3+5+・・・+(2n?1)=n2 となります。これを使うと、あるタイプのピタゴラス数を見つけることができます。
42=1+3+5+7、52=1+3+5+7+9=42+32 より(3,4,5)が、
122=1+3+5+・・・+23、 132=1+3+5+・・・+23+25=122+52 より(5,12,13)が、
242=1+3+5+・・・+47、 252=1+3+5+・・・+47+49=242+72 より(7,24,25)が
ピタゴラス数です。最後に加える奇数自身が平方数の場合、その数と、そのひとつ前の奇数までの和からなる平方数を加えると、それもまた平方数となることから、ピタゴラス数となります。
最後に加える奇数の平方数を(2p+1)2 と表し、四角数が (n?1)2=1+3+5+・・・+(2n?3)、n2=1+3+5+・・・+(2n?3)+(2p+1)2 となるとしますと、(2p+1) 2=n2?(n?1)2=2n?1 ですので、2n=4p2+4p+2 より、n=2p2+2p+1、 n?1=2p2+2p=2p(p+1) となります。従って、pを任意の自然数として、(2p+1, 2p(p+1), 2p2+2p+1) がピタゴラス数となります。

和算でのピタゴラス数

しかし、(15,8,17)はこれまでの方法からは得られません。それでは、すべてのピタゴラス数をもれなく探し出すにはどうしたらよいでしょうか。ここでは坂部広胖(1759-1824)の『算法点竄指南録』(1815)に載っている方法を紹介してみましょう。

まず緯式として、鉤(勾)=2n(n+1)、股=2n+1、弦=2n2+2n+1 がピタゴラス数であるとしています。nを級と呼んでいます。これは先ほどの結果と同じものです。次に各級に対し経式と呼ぶ横への計算を[多少]というパラメーターについて行っています。
1級の場合、少は1で、多は2,4,6,8,10と2ずつ増加し、多をpとすると鉤=2p、股=p2?1、弦=p2+1 がピタゴラス数で、p=4の場合が(8,15,17)です。2級の場合、少は2で多は3,5,7,9,11と2ずつ増加し、多をpとすると鉤=4p、股=p2?4、弦=p2+4 がピタゴラス数です。3級の場合、少は3で多は4,6,8,10,12と2ずつ増加し、多をpとすると鉤=6p、股=p2?9、弦=p2+9 がピタゴラス数です。
一般にn級の場合、少はnで、多はn+1,n+3,n+5,n+7,n+9と2ずつ増加し、多をn+r (r=1,3,5,7,・・・)とすると鉤=2n(n+r)、股=(n+r)2?n2、弦=(n+r)2+n2 がピタゴラス数です。これは現代の教科書で見られる鉤=2mn、股=m2?n2、弦=m2+n2 と同じ解で、この方法ですべてのピタゴラス数を得ることができます。
和算では、これ以外にも様々な方法でピタゴラス数を求めています。

裁ち合せ

『分度余術』での裁ち合せ例。一辺5寸の正方形が、4寸と3寸の正方形になる。
分度余術』での裁ち合せ例。一辺5寸の正方形が、4寸と3寸の正方形になる。

ピタゴラスの定理の証明法に、二つの正方形をハサミで切って並べ直すともうひとつの正方形と重なることを示すやり方があります。もっと一般的に、多角形をハサミで切って並べ直すことで等積の図形を作ることを裁ち合せと呼んでいます。まず、ピタゴラスの定理の証明となる裁ち合せの例を見てみましょう。

裁ち合せによるピタゴラスの定理の証明

裁ち合せによるピタゴラスの定理の証明ここでは証明は省きますが、図でAの直角三角形とA’の直角三角形、Bの直角三角形とB’の直角三角形、Cの直角三角形とC’の直角三角形は合同であり、1辺の長さaの正方形中のCと、1辺の長さbの正方形中のA、Bを、それぞれC’、A’、B’に移すと、1辺の長さがcの正方形となります。これはa2+b2=c2を示しており、ピタゴラスの定理の証明となります。

図のように、長さa,bの2辺が作る二つの正方形にハサミを入れて、長さcの斜辺が作る正方形にピタリと重ね合わせることができます。実は「面積の等しい二つの多角形は、一方を有限回分割して組直すことで、他方の多角形と合同な多角形を作ることができる」という定理があり、切り方も何通りもあることが分かっています。この定理はボヤイ=ゲルヴィンの定理と呼ばれ、1833年に発見されました。和算では同じ大きさの正方形3個を裁ち合せてひとつの正方形を作る方法や同じ大きさの正方形5個を裁ち合せて一つの正方形を作る方法などが調べられています。パズルのような不思議な切り方もあります。これらについては腕試し問題Q12,13をご覧ください。
3次元でも同じように、四面体を分割して同体積の立方体を作れるのかどうかが問題となりましたが、1901年にM. W. Dehn (1878-1952) ができないことを証明しました。

ヘロン数

三角形の3辺とも長さが自然数で、かつ面積も自然数となる時、その三角形をヘロン三角形と呼び、3辺の長さの三つ組み(a,b,c)をヘロン数と呼びます。例えば(13,14,15)はヘロン数です。この三角形は二つのピタゴラス三角形 (5,12,13)と(9,12,15)をつないだものです。また、(4,13,15)のように(9,12,15)から(5,12,13)を取り除いた鈍角ヘロン三角形もあります。

(13,14,15)と(4,13,15)のヘロン三角形

(13,14,15)と(4,13,15)のヘロン三角形△ABCと△PQRがヘロン三角形で、それぞれ面積は84と24。

ピタゴラス三角形はそれ自身がヘロン三角形で、このように二つのピタゴラス三角形をつなぐとヘロン三角形ができます。しかし、(65,119,180)のように、ピタゴラス三角形の組み合わせではできないヘロン三角形も存在します。しかしこの場合、各辺を5倍して(325,595,900)としますと、これはピタゴラス三角形(91,312, 325)とピタゴラス三角形(91,588,595)をつないだものとなります。このようにヘロン三角形は自然数倍するとピタゴラス三角形の組み合わせとなります。
また、(13,14,15)のようにつながった三つの自然数でヘロン数になるものに(51,52,53)、(193,194,195)などがあり、どんどん大きなヘロン三角形が無限に存在します。この例を有馬頼徸(1714-1783)が『拾璣算法』(1769)で示しています。和算では藤田貞資(1734-1807)が『精要算法』(1781)で、一般的なヘロン数を求めています。

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