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貞享暦は、渋川春海(1639〜1715)がみずからの観測に基づき、中国元代の授時暦に中国と日本の里差(経度差)を補正し、1年の長さが徐々に変化するという消長法を援用して改良した暦法である。貞享元年(1684)10月に改暦の宣下があり、暦号を「貞享暦」と賜った。それ以前は、春海はこの暦を「大和暦」と称していた。
改暦の機運のなかで、前例にならい中国の明の官暦「大統暦」をそのまま用いようとする伝統派に対し、春海は三たび上表し、みずからの『大和暦』の採用を願い出た。将軍家綱の後見役である保科正之や、徳川光圀をはじめとする幕府の有力者の知遇を得た春海は、改暦に不可欠な政治力をも持ち、改暦を成功に導いた。この改暦によって幕府は編暦の実権を握り、暦は全国的に統制された。春海はその功により、幕府の初代天文方に任命された。 |