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びぶろす-Biblos

平成20年4月号(電子化40号)

  • NATIONAL DIET LIBRARY
  • 発行/国立国会図書館総務部

支部特許庁図書館の思い出

安達 蕗子

(1)国立国会図書館支部特許庁図書館として

 《「資料館報」1984年4月20日発行No.18から1985年7月20日発行No.23まで 編集・発行 特許庁万国工業所有権資料館》を紐解く。
 まず、図書館以前として、明治17年6月7日に商標条例の公布により、農商務省工務局に商標登録所が設置され、登録・図書・雑務の三掛が置かれた。図書館は、明治20年12月25日に特許局官制の公布により、局長の下に庶務部・審判部・審査部が設置され、うち庶務部に第一課・第二課と図書館が置かれました。
 昭和23年8月25日、国立国会図書館法が施行され発足した、行政・司法支部図書館の最初の18館の中には特許庁図書館は参加していませんでした。特許庁に支部図書館が設置されたのは第一陣に遅れること約3ヶ月半の昭和23年12月17日でした。
 なぜその一陣に乗り遅れたのかのいきさつについてはよく判かりません。
 今年は、国立国会図書館支部図書館制度が始まり、60年ということで、大変慶ばしい限りですが、その発足当時既に60年余を経ていた特許庁図書館サイドとしては、所蔵の貴重な文献が国会図書館の直接支配下に置かれ、場合によっては移管されてしまうのではないか、との危惧の念を抱いてしまったような事が3ヶ月遅れの背景だったようです。
 しかし、ふたをあけてみると、逆に国会図書館から特許関係の文献を移管してもらう結果になったとか。また、その当時国会図書館の顧問として来日中のロバート・ダウンズ氏に「One of the best of the world of this kind」との賛辞をいただき、その話は当時語り継がれたことであった、と書かれています。
 特許庁において工業所有権(2002年に決定された知的財産戦略大綱において「産業財産権」と改名)関係の書籍には、特別な分類項目を採用していますが、当時、特許庁の図書分類目録の作成をしていた職員が、原子力その他当時の新しい技術に関する分類項目について、日本図書分類第何版か作成中の国会図書館の職員の方に進言したといったこともあったようです。
 私が支部特許庁図書館に兼任司書として居りました間には、支部図書館・協力課の方々には勿論のこと、国会図書館の各課の方々そして、支部各図書館の方々にも事ある毎にお世話になり、また御迷惑をお掛けするばかりでしたが、過去には支部特許庁図書館も国会図書館のお役に立っていたこともあることを知り、ちょっとホッと致しました。また、この文が掲載される行政・司法各部門の支部図書館と専門図書館の連絡情報誌名「びぶろす」は、元特許庁万国工業所有権資料館長(当時は館長ではなかった。)中柴武雄氏の提案による、ギリシャ語の「書籍」である「びぶろす」が採用された、という記録を発見したときは、なんだかうれしくなった私でした。
 現在、公報類については独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が所管しているため、国会図書館の支部図書館となった当時とは趣を異にしていると思われます。
 ここ数年、特許庁では、図書館業務はアウトソーシングとして、派遣の方に任せてしまっており、図書館は地下一階、管理部署である私の属する総務部普及支援課資料班は五階と階が違っています。
 そのため、何かあった時には電話があり、呼ばれて私は地下一階まで走ります。
 支部特許庁図書館は産業財産権に関する唯一の専門図書館ということを売りにしていますので、その方面を研究されていらっしゃる方が多く来館されます。
 ある時には、アメリカの大学教授が、日本で特許制度が出来たばかりの頃から半世紀に亘る個人から企業への発明の変遷をアメリカ・イギリス及び日本の傾向について調べたいということで通訳を連れて来られ、丸一日当館に籠もりいろいろと得たい情報を収集され、帰り際に「自分の研究に大変参考になり、また、調査する時間の節約になった。」と喜んで帰られたこともありました。
 以下、私が支部特許庁図書館で印象深かったこと、二点を書かせていただきます。

(2)レファレンスの思い出・・・・・・・「高橋是清」について

 世間の学校が夏休みのある日、岡山県の小学校の先生が支部特許庁図書館にお見えになりました。
 特許制度を作った高橋是清(※以下、「是清さん」という。)は、初代特許庁長官(当時は商標登録所長・専売特許所長)なので、特許庁に行けば是清さんのことが色々と判るだろうということで来られたということでした。
 確かに特許庁の正面玄関を入るとすぐ右手に是清さんの胸像はいつもおだやかな顔で皆を迎えてくれます。

大好きになった是清さんと筆者
(大好きになった是清さんと筆者) (クリックすると大きくなります。)

 是清さんの何について調べたいのか尋ねたところ、特許制度を作るに当たっての「血湧き肉躍る熱き思い」を生徒達に伝えたいということでした。
 そういえばたしかに是清さんは踊っている。日本国特許制度の為なら・・・アメリカでダンスを習い、特許院の夫人達と親しくなり、スムーズに細かな仕事の仕方から用紙や帳簿の使い方まで詳細に教えてもらっていました。
 是清さんに関して特許庁で図書として登録されているものは、

  • 高橋是清翁八十年史 昭和9年発行 立憲政友會本部
  • 高橋是清自傳 昭和11年発行 千倉書房
  • 随想録 昭和11年発行 千倉書房
  • 波瀾万丈 上昭和55年発行・下昭和56年発行 東京新聞出版局
  • 高橋是清自伝 上巻昭和63年発行・下巻1991年発行 中公文庫
  • 高橋是清立身の経路 人間の記録  1999年発行 日本図書センター

の8冊が従前より所蔵されており、昨年秋に、特許庁が取材協力を行った《「日本の100人」シリーズ 第99巻「高橋是清」2007年発行 株式会社デアゴステイーニ・ジャパン出版》が加わり、合計9冊となっています。
 是清さんの特許関係の公職は5年余で、その頃にしては長命(1854年〜1936年享年82歳)であった是清さん、一冊の本の中での頁数では短すぎる。
 《「とっきょ」(昭56年10月号 No.109)「工業所有権100年の歩みから(4)」都人士の目を驚かせた木挽町庁舎》と《「とっきょ」(昭61年7月号 No.167)特許庁(局)三年町庁舎の歩み》を見るかぎり、私としては、青年の頃、是清さんが思いを込めて建てた特許局庁舎は農商務省となってしまったけれど、是清さんが81歳の大蔵大臣の現職の時に、特許局新庁舎が優先されて建てられた・・・是清さんの特許に対する熱い思いはずっと長期間に亘っていらしたことと思います。
 結局、岡山県の先生は是清さんに関する数枚の複写を持って帰られました。
 その後《「發明 第三十一巻十月號 特許法五十年記念號 「特許局の思ひ出」高橋是清》を見つけ急いで複写を郵送させていただきました。そのお礼状に、『是清さんの授業に深みがでました。夏休みあけ、子供達に「日本人にはこんなにすばらしい人がいたんだ。」と思ってもらえるよう頑張ります。』との決意が書かれていました。
 先生ごめんなさい、今だったらもうちょっとましなレファレンスができます。
 少ない資料を乗り越えられ、先生の熱き思いのこもった授業を、生徒達は目を輝かせて受けたことでしょう。
 私にとりましても「一番受けたい授業」の一つでしょうか。

 《「近現代日本人物史料情報辞典(吉川弘文館出版)」2004年 発行》には「高橋の関係文書は、現在、三つの所在地が確認されており、いずれも公開されている。」と記載されています。
 その三つのうちの一つである、『「高橋是清氏・特許制度に関する遺稿」第一巻〜第七巻、及び「高橋是清閣下講演・特許局の思い出」(特許法施行五十年記念会、昭和九年九月二十九日華族会館に於て)』が貴重文献として、現在、支部特許庁図書館のガラス戸棚に施錠されて収まっており、閲覧を希望される方にはマイクロフィルムで対応しています。
 「高橋是清氏・特許制度に関する遺稿」第一巻〜第七巻をおそるおそる取り出してみる。
 第一巻、第二巻、第三巻の表紙が危ない。
 用紙の虫喰いは裏打されているが、いつ頃製本し、また虫にはいつ食べられちゃったのだろうか?
 是清さんからいただいたのは、特許制度施行50年記念講演の後、1回目は昭和9年10月30日《「とっきょ」(昭57年1月号 No.112)「工業所有権100年の歩みから(7)」「高橋是清氏特許制度二関スル遺稿」をめぐって》、2回目は11月27日《「發明」 第三十二巻 一月號(昭和10年) 第二回の特許局資料の寄輿 高橋藏相のお手許から》なので、是清さんの浮き沈みの人生50年余をずっと一緒に歩んできたのだから貧窮生活も経験しているはずで、粗末な家の片隅で虫の餌になってしまったことも考えられる。これに関し、《「とっきょ(昭58年5月号 No.128)」「工業所有権制度100年の歩みから(23)」戦中・戦後の思いで 元特許庁資料館長 小菅 乙也》の中に在職中の思い出として、「高橋是清氏の特許制度に関する遺稿の製本」という記載を発見しました。「私が資料館に勤務するようになって間もなく館長専用の書棚の中に遺稿を整理してタイプしたものがありましたので、原本があると思い金庫を調べましたところ紙袋5〜6箇に押し込まれているのを発見して貴重な資料であるから正式に製本して保存すべきであると考え、会計課長に緞子の布を購入してもらって製本室の山田さんに依頼して1枚1枚裏打ちをして、こてをかけ約6か月位かかってモロ製本を完了しました。」というものでした。
 小菅乙也氏が資料館長になられたのは昭和25年とあり、館長になって間もなくということですので、昭和25年(1950年)とすると製本してから約60年が経っています。
 でもその時に用紙の虫喰いに関しては何も触れられていない。
 是清さんにいただいた昭和9年から製本する昭和25年までの間は、新庁舎(今では旧庁舎)に移転したばかりだから、まさか虫には食われないだろう。
 やっぱりいただいた時、既に・・・。
 第一巻、第二巻、第三巻の表紙の状態があまりひどかったので現状を変えずにという前提で、修理製本を頼みました。
 その時の製本業者の営業の方に「これって60年もの?」と質問しましたが、保存状態により変わるので経年月は一概には言えないという。その時に製本したそのままなのか・・・。

今回修理製本を終えた「高橋是清氏・特許制度に関する遺稿」第一巻
(今回修理製本を終えた「高橋是清氏・特許制度に関する遺稿」第一巻) (クリックすると大きくなります。)

 今回の修理製本でどのくらいの年月この状態を保つことができるのだろうか?
 この書類の引き渡しの際の是清さんとの三つのお約束(1)原本は特許局に於いて保管すること(2)出版に際しては前後矛盾せざる様年月順に編集すること(3)出版の際は一部寄贈せられ度きこと、の「(1)原本は特許局に於いて保管すること」に関しては、是清さん安心してください、未来永劫守ります。
 ※「高橋是清」については「高橋是清翁」と書かれることが多いが、特許庁に居られた頃はまだ青年時代だったので、敢えて「是清さん」と書かせていただきました。

(3)資料の思い出・・・・・・・「発明の歌」「発明音頭」について

 特許庁では明治18年専売特許条例の施行以来、昭和60年(1985年)に工業所有権制度百周年を迎えるに当たり、「工業所有権制度百年史」を編纂刊行することとし、昭和56年4月1日に総務部総務課に工業所有権制度百年史編纂室(以下、編纂室という。)を設置しました。
 編纂室では特許庁の広報誌「とっきょ」誌上で「工業所有権制度100年の歩みから」の連載と「百年史編さんに関する資料提供のお願い」を掲載していました。
 連載の中で《「とっきょ」(昭57年4月号 No.115)「工業所有権制度100年の歩みから(10)」 特許法施行50年記念「発明の歌」、「発明音頭」について》が紹介されています。

「発明の歌」について
  作詞:井上 赳(文部省図書監修官)  作曲:橋本 国彦(東京音楽学校助教授)
  歌手:平井 英子・淺野 常七 (日本ビクター株式會社専屬歌手)
 編纂室では、当時レコード制作を依頼した日本ビクター株式会社にメタル盤が保存されているということで、ご好意によりそのメタル盤から採録したカセットテープの寄贈を受けており、そのカセットテープからの複製が支部特許庁図書館に保管されていました。

「発明音頭」について
  作詞:島田 磐也 作曲:水原 英明 歌手:沖 正美・艶香 制作:帝国蓄音機(株)
 「とっきょ」中には、当時発明音頭のレコードを制作した帝國蓄音機株式会社から2,000枚を特許法施行50年記念會に寄贈された、と記載されていますが、「百年史編さんに関する資料提供のお願い」の期間中には捜索願もむなしく発見されませんでした。
 百年史刊行後の昭和61年7月29日付けで弁理士会から発明音頭のレコードが寄贈され、支部特許庁図書館に保管されています。
 「特許法施行五十周年記念選定レコードの御寄贈について」と題し、『「工業所有権制度百年史」刊行にあたり、「新民謡 発明音頭」のレコードの捜索が行われ、未発見に終わった経緯があったと伺い、弁理士会館の移転作業中にこのレコード2枚を発見したので、この発見を機に1枚を特許庁に御寄贈申し上げ、末永く往時の盛儀を偲びたい。』とありました。当時のご厚意に感謝致します。
 この「発明の歌」「発明音頭」を図書システムに登録したという記事が《「とっきょ」平成19年9・10月号No.382 「発明音頭」と「発明の歌」》に掲載され、それを読まれた庁内外の方若干名が興味があるということで支部特許庁図書館に見えられました。
 また、地方の方の中にも興味を持たれた方がおられるということで、わざわざ特許庁にお出でいただかなくとも聞くことができるよう、特許庁のホームページ上でクリックすることにより曲が流れるようにならないか、著作権関係を調べてみました。
 まず、著作隣接権に関しては昭和9年の事であるから、とっくに50年が過ぎているので大丈夫。
 あとは、著作者人格権についてです。
 発明の歌の作曲に関しては、死後50年が経っているから大丈夫であるが、作詞に関してはよく判からない。
 インターネットで検索してみると、「サイタ サイタ サクラガサイタ さくら読本の父」という本がありました。
 これって確か昔の小学校の教科書「さいた さいた さくらがさいた」ですよね。
 そこで、その本の作者が作詞者の娘さんと思い、その出版社に作者と連絡を取りたい旨を伝え、電話を待ちました。
 翌日電話があり、自分は娘ではないが確か娘さんが89歳で存命でいらっしゃるということでしたので、連絡できる電話番号を教えていただきました。何度目かの電話でお元気そうな声が聞こえ、事情を説明し使用の許可を請いましたところ、「ええ ええ 良いですよ。どうぞお使いください。」と快諾していただきました。
 ただ、発明音頭の作曲、作詞には共にあと十数年間の著作権料の支払いが生じることが判明し、結局、費用対効果の問題から特許庁のホームページ上への掲載の件はペンデイング扱いとされました。
 ちょっと残念でしたが、もし興味を持たれます方は、是非、支部特許庁図書館にお出でいただき聞かれてみてはいかがでしょうか?
 あと二十数年すれば産業財産権制度施行150周年を迎えます。
 「産業財産権制度施行150周年記念」で、100年前に作られた「発明の歌」や「発明音頭」が歌われたら楽しいな、と思ったりもしますが・・・・。
 その時、私は・・・千の風になって・・・大好きになった是清さんと踊っているかも・・・

  ※ 發明音頭の踊り方
  《(發明 第三十一巻 十二月號(昭和9年) 社團法人帝國發明協會発行)発明音頭踊り》

 定年前の二年間、国立国会図書館兼任司書として支部特許庁図書館のお仕事ができましたこと、とても幸せな貴重な時間でした。
 これまでお世話になりました多くの皆様方に深く感謝致します。
 どうもありがとうございました。

(元支部特許庁図書館)

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