びぶろす-Biblos
平成19年10月号(電子化38号)
- NATIONAL DIET LIBRARY
- 発行/国立国会図書館総務部
- ISSN 1344-8412
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文化資源を作り出す−(財)渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターの活動 −
小出 いずみ
◆はじめに
渋沢栄一記念財団は、近代日本社会の基礎をきづいた渋沢栄一(1840-1931)を顕彰し、栄一とその時代に焦点をあてたさまざまな事業を行っている。2003年11月に設置された実業史研究情報センターは、史料館、研究部につぐ渋沢財団で三つ目の事業部である。東京都北区の飛鳥山公園の栄一旧宅跡に渋沢史料館があり、旧庭園には重要文化財に指定された晩香廬、青淵文庫という二つの大正期の建物がある。財団は史料館の建物の中にある。
渋沢栄一が亡くなった後、彼を記念する事業として「日本実業史博物館」が計画された。これは大きく三つの部屋からなり、栄一個人の業績を顕彰する(青淵翁記念室)のみならず、栄一の活動を経済社会の変化という時代背景の中におき(近世経済展観室、これが最大の大きさ)、その変化を担った人々にも注目する(肖像室)、という、視野の広い構想であった。この博物館のために資料が蒐集され、1939年には博物館建物の地鎮祭が行われたが、結局、戦争のために建設は断念され、蒐集資料は戦後、国に寄贈された。現在蒐集資料は、「日本実業史博物館準備室旧蔵資料」として、独立行政法人人間文化研究機構国文学研究資料館に所蔵されている。
実業史研究情報センターの使命は、この博物館構想を現代的な形で実現することである。とはいっても、資料はすでに財団のものではなく、あらためて同じ規模の資料を蒐集することは不可能である。そこで、この博物館を構想した渋沢敬三(1896-1963)の学術研究資料に対する方法論に倣い、情報資源化するという手法で文化資源を作り出すことになった。栄一の孫にあたる敬三は、経済人であると同時に、民俗学の発展や庶民史料の蒐集に大きく貢献し、庶民の日常生活を文化資源とすることに情熱を傾けた人物であった。
現在の活動は、主に三つの領域で行われている。一つ目は渋沢栄一に関する領域である。二つ目は経済社会の変化を表している実業界についての領域で、社史を取り上げている。三つ目は、実業史関係の錦絵など旧蔵コレクションの特徴的な画像資料を使った領域である。
◆デジタル伝記資料
渋沢栄一に関する領域で大きな仕事としては、『渋沢栄一伝記資料』(以下『伝記資料』)のデジタル化が上げられる。『伝記資料』は、渋沢栄一の伝記をまとめるための資料集で、編纂主任は土屋喬雄、本編全58巻が渋沢青淵記念財団竜門社編、渋沢栄一伝記資料刊行会刊(1955-1965)、別巻全10巻は渋沢青淵記念財団竜門社刊(1966-1971)、全部で約48,000ページに上る。書簡や日記、講演録を始め、公的な文書、新聞報道など同時代の記録や出版物が収録されている。内容は、渋沢栄一の活動の幅広さを反映して経済活動から社会事業、国民外交まで、「実に幕末以来、明治、大正、昭和の三聖代に亙る経済方面の史実を始め、政治、外交、社会、教育、宗教、文化、学芸、等等に関する諸般の状勢を知悉せしむる上に資するところ、恐らく多大なるものあるべきを信じて疑はない」と序文に記されている(注1)ほどである。『伝記資料』は当財団にとって基幹資料であるが、余りにも膨大で、索引巻(注2)があってもそれで中の情報を有効に引き出すことは簡単でない。そこで、もっと様々な研究や分析が容易にできるように、全文をデジタルテキスト化する作業を行っている。
量の多さもあって、入力文字精度の水準を保つことはやさしくはないが、この事業で直面している一番の問題は、入力文字の問題である。一昔前は、コンピュータ処理できる漢字の種類が制限されていたので、返って明瞭に使用文字を決めることが出来た。最近ではその制限が段々と小さくなり、使用文字種が増加してきつつあるが、かといって活字のように全て使えるかというと、そうではない。目的は検索にあるので、原文に使用されている文字を表示させることだけではなく、検索時に何が入力されるかも考えなければならない。資料の原文になるべく近いものを使用しつつ、検索してヒット効率の高いデータを用意するにはどうしたらよいか、頭を悩ませるところである。国立国会図書館憲政資料室のテキスト化の経験などいくつかの先行事例を参考にさせていただきながら、取り組んでいる。
一旦入力が完成した後にはデータベースの構築作業に入り、同一人物が異なる名称で出現している場合にも同時に検索できるよう、辞書など同義語処理の仕組みを考えていく予定である。
『伝記資料』は、多くの編纂史料集と同様、それぞれの標目に対し、綱文、つまり、いつどんな出来事があった、という概要が記され、その下にそれに関する史料を掲載している。そして目次にはこの綱文が記載されているので、目次を読むだけでも概要がわかるような構成になっている。デジタル化が進行途中、完成にはまだ間がある現在、少しでも『伝記資料』が使いやすいように、本編57巻までの目次をウェブ上に公開している。
http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/mokuji.html
◆社史
社史に関する領域の仕事には、現在三つのプロジェクトがある。そのうちの一つは刊行された社史についての社史索引データベース作りである。
会社の歴史を記した出版物である社史は、これまでに国内で1万4000点余(注3)出版されていると推定されている。しかし編集者も出版者も会社自身、つまり出版のプロでなく、また非売品であるため、発行状況も出版情報も把握しにくい団体出版物、いわゆる灰色文献である。しかし社史には通常は公表されない会社の生産や営業状況など経済活動の記録をはじめ、商品開発のコンセプトや技術開発の歴史、さらにその会社の製品やサービスを取り巻く業界や社会の状況、消費者にどう受け取られたか、コマーシャルが作り出した文化など社会との関わりまで、記録されていることが多い。この刊行物群を情報資源化するのが、社史索引データベースの目的である。
そのためにどのようにデータを作るのがよいか、社史は書誌情報が安定していないなど様々な問題がある中で、何をデータ化すると効率的に社史に含まれている情報を引き出せるかが、大きな検討課題であった。結局、索引語の付与など知的加工はせずに、最小限の労力で効果を引き出す方法として、個々の社史から目次、索引、資料編、年表の4種の情報をデータ化することにした。2007年7月末現在、141社、245タイトル、302冊の社史が入力済で、合計535,521件にのぼるデータが蓄積されている。入力する社史は、渋沢栄一が関係した会社のものを優先的に選んでいるが、将来はそれに止まらず、それ以外の日本の会社の社史からも広くデータを採取しようと考えている。現在はデータ化作業とデータの蓄積を進めている段階で、検索システムの構築はこれからの課題である。
社史索引データベースが使えるようになるまでには、まだ時間がかかるが、すでに入力した社史は、ウェブ上で紹介している。
http://www.shibusawa.or.jp/center/shashi/shashi01.html
◆社名変遷
渋沢栄一の活動は余りにも広範にわたっていたので、「渋沢栄一が関係した会社」がどれか特定することは、単純ではない。渋沢栄一が関係した経済関係の役職は、約500とも言われている(注4)が、この中から経済団体などを除いて会社だけに絞って『伝記資料』事業別索引を見ても、360余りある。その上、『伝記資料』に記されている会社がその後どうなったか、今のどの会社につながっているのかも、確定的な調査がなされていないことから、把握できていない。したがって、渋沢が関係した会社の変遷を追わないと、関係会社の名称を特定することもできない状態である。
そこで、渋沢栄一が関係した企業を把握するために、渋沢関係会社の名称変更データベースを作成しようと、現在調査を行っている。有価証券報告書や営業報告書などの資料にあたって変遷を調べているが、調査結果がまとまり次第、ウェブで公開する予定である。社名変遷についてのデータベースでは、東京銀行協会銀行図書館が銀行変遷史データベースを公開していて、これがモデルの一つになっている。
◆企業史料
日本では、企業史料保存についての法的な定めはない。企業の歴史を示す記録や史料は、企業経営の記録という観点から重要であるのは言うまでもない。過去の経験から学ぶことによって、企業にとって有形無形のリソースが確認でき、リスクの回避やあらたな経営戦略の展開にも役に立つ。企業倫理が問われている昨今であるが、会社が説明責任を果たすためにも、企業史料は重要である。また、会社の歴史には、その企業に働く人々はもちろん、企業の製品・サービスの消費者や取引先などとの関係が反映されており、社会の変化が企業の歴史と密接に関わっていて、社会的存在としての企業を研究するためにも重要な資料である。このような企業史料は、刊行物の社史を編纂するために社内で集められ、社史が出版された後には、その重要性が認識されて、企業博物館や企業史料館が設立されることもある一方、残されないことも多い。実はこれは何も企業に限ったことではなく、様々な組織で年史を作成した後に頻繁に起こることである。組織体の記録を系統立てて保存し過去の経験知を活かしていく、機関アーカイブズ(注5)の制度は、日本に根付いていないようである。
センターが行っている社史に関わるもう一つの仕事は、このような企業史料に関するものである。ビジネス・アーカイブズの振興を目的として、このような企業史料が、どのような規模でどこに残されているか、企業史料の所在について調査して情報を集約するものである。企業史料は、親組織である会社がすでにない場合には、大学図書館など公共的な機関に所蔵されていたり、企業博物館や郷土資料館に保存されていることもある。むろん企業内に史料として保管されていることもある。企業の記録史料の所在調査の結果は、企業史料ディレクトリーとして公開する予定である。現在は、調査協力機関が閲覧できる名鑑となっている。
http://www.shibusawa.or.jp/center/shashi/shashi07.html
◆錦絵
日本実業史博物館の構想の中で特徴的な資料に、多色刷りの木版画である錦絵があった。旧構想で集められた錦絵については、国文学研究資料館の電子資料館で画像データベース「実業史絵画データベース」として(http://archives2.nijl.ac.jp/jkdb-index.htm)公開されている。
この博物館のために錦絵が蒐集されたのは、写真が普及していなかったころの視覚的な伝達手段として、社会全体に広い範囲で革新が起こった明治期には、その様子を伝える錦絵がいろいろな形で出版されたからである。センターでは、実業のさまざまな場面を描く錦絵とその関連情報を集約し、日本の経済社会の近代化、産業化について視覚的な面からも研究できるよう資源化することを目指している。具体的には、錦絵に描かれたものを言葉であらわし、絵引きを作成しようと計画している。絵引きは、旧博物館の構想者であった渋沢敬三の仕事でもあった(注6)。
◆おわりに
渋沢栄一記念財団には、渋沢史料館があり、渋沢栄一に関する展示を中心とした博物館活動を行っている。実業史研究情報センターとしては、通常の「図書館」のような物理的な公開された閲覧スペースは現在のところ持っていない。閲覧スペースはウェブ上にある。実業史研究情報センターは設立後日が浅いため、ウェブの情報充実はこれからの段階であるが、使っていただける文化資源を少しずつ増やしていく予定である。
資料や情報を収集し、整理し、提供する、という図書館の専門知識と技術、つまり情報資源化の能力を用いて、様々な文化資源を作り出すのが当センターの手法である。「資料」は出版物とは限らない。版画あり、デジタル資料あり、文書や写真などの一次資料あり、と形態が多岐にわたるので、「図書館」の範疇には入らないように見えるかもしれない。しかし実施していることは参考業務のツールを作るのと同じ、蔵書構築、目録作業とも同じ目的で行われている。つまり、実業史研究情報センターでは、資料や情報と利用者を結びつける、という図書館員の仕事の精髄を応用して、文化資源を作り出している。
(注1) 第1巻 p.9-10。
(注2) 第58巻は、分類された会社名や事業名ごとに出来事を並べ、本文に記述されているページを指示する事業別年譜(約300ページ)と、編部章節款とその下の細目までをリストした総目次と五十音順款項目索引(合計約50ページ)からなる。
(注3) 明治以降2000年までの既刊社史は2001年7月現在、1万3,166点、1980年代頃の年平均出版点数300点。村橋勝子『社史の研究』(ダイヤモンド社、2002)p.12。
(注4) 「『渋沢栄一伝記資料』編纂の際に数えてみたところ、実業・経済関係の役職は約五百なのに比し、公共・社会事業関係の役職は約六百あった。」(土屋喬雄『渋沢栄一』吉川弘文館、1989.p.258)
(注5) institutional archives: A repository that holds records created or received by its parent institution. (Richard Pearce-Moses, A Glossary of Archival & Records Terminology. Chicago: The Society of American Archivists, 2005)
(注6) 『絵巻物による日本常民生活絵引』(角川書店、1964-1969)
(渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター長)
