• 利用案内
  • サービス概要
  • 東京本館
  • 関西館
  • 国際子ども図書館
  • アクセス
  • 複写サービス
  • 登録利用者制度
  • オンラインサービス
  • オンラインサービス一覧
  • 国会関連情報
  • 蔵書検索
  • 電子図書館
  • 調べ方案内
  • 電子展示会

トップ > 刊行物 > びぶろす > 71号(平成28年1月)

びぶろす-Biblos

71号(平成28年1月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412
3. 【特集:新聞を読む】
明治への窓、その向こう

東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫 白石 慈

はじめに

東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫(以下、「明治文庫」といいます。)は、ジャーナリスト宮武外骨と東京帝国大学教授吉野作造のコレクションを中心として、博報堂創業者の瀬木博尚氏の寄附により、昭和2年3月に東京帝国大学法学部に開設されました。大正12年の関東大震災による明治期の新聞雑誌の散逸状況を憂い、明治文化及び明治期活字資料の発掘を行うとともに、新聞雑誌保存館が必要であるという構想に基づくものでした。

当初は第一高等学校(現在の東京大学農学部)で業務を行い、昭和4年に現在の東京大学史料編纂所地下に移転しました。


明治文庫入口

1. 外骨による収集

明治文庫の初代事務主任となった外骨は還暦を過ぎていましたが、日本各地をまわり資料の収集に尽力しました。収集方針は、当初は明治期に発行された新聞・雑誌・図書でしたが、後に、大正期・昭和戦前期までを収集対象としました。

外骨自筆による新聞所蔵目録の稿本(作成年代不明)を見ると、北海道から沖縄、さらには台湾など海外の新聞まで収集され、400タイトル近くを数えます。


「新聞所蔵目録」(稿本・外骨自筆)

「わし一代は蒐集の時代だ」これが宮武先生の私共へくりかえし言われた言葉であった1と、昭和5年~39年まで明治文庫に勤務した西田長寿が後に述べています。外骨が収集した資料は、現在でも明治文庫のコレクションの中核をなしています。

2. 外骨以後の収集

外骨は昭和24年に83歳で退職しましたが、その後も明治文庫では収集や整理を地道に続けました。こうした努力が時に“宝物”をもたらすことがあります。数ある“宝物”から二つ、ご紹介させていただきます。

1) 牧野新聞-新聞としての再出発-

寄贈された新聞原紙の宝物の一つに、「牧野新聞2」というコレクションがあります。

このコレクションは少々特殊で、「牧野新聞」というタイトルの新聞があるわけではなく、植物学者の牧野富太郎博士が各地で採取した植物の押し葉に使用した新聞でコレクションを構成しています。博士が採取先で買い上げた新聞で、日本のみならず中国など海外の新聞も含まれています。

博士の没後、東京都立大学(現・首都大学東京)牧野標本館で標本の整理が進められていましたが、昭和50年頃に当時の明治文庫掛長北根豊が、標本が取り出された後の新聞を譲り受けるべく力を尽くしました。以後、送付されてくる新聞を整理する作業が平成10年まで続きました。

新聞は標本に使用されていたため、保存状態が悪く、裁断され、油性インクでの書き込みもあります。しかし、明治期~昭和戦前期の新聞原紙が入手しにくくなっている現在、使用済みのこのような新聞であっても、これら資料が伝える情報は非常に貴重です。

明治文庫では、この貴重な新聞群である牧野新聞の永続的な保存と利用のため、補修とマイクロフィルム撮影を行いたいのですが、財政難の折、実現が難しい状況です。

なお、このようにまとまった量の新聞を譲り受けることもあれば、個人からの寄贈もあります。先日も、明治・大正期の「いはらき3」などの地方紙を思いがけず頂戴しました。また、10年以上にわたり資料の寄贈を続けてくださる方もおられます。

2) 屏風に眠る新聞

今度は、明治文庫に眠っていた“宝物”をご紹介します。

誰が、どこから、どのようにして持ち込んだのか不明なのですが、書庫の奥に古い屏風(6枚あるので六曲一隻?)がありました。職員が試しに一曲分を剥がしてみたところ、明治39年の「讃岐日日新聞4」が現れました。

NDLサーチで全国を探しても、所蔵館は見当たりません。日本新聞博物館の赤木孝次氏に伺ったところ、「(同紙は)現在の四国新聞につながる新聞ではなく、当館には1点所蔵がありますが、非常に貴重なのではないでしょうか」との回答を得ました。となると、ほかの五曲にも明治期の反古紙が貼られており、同様に貴重な新聞が眠っている可能性が充分にあります。

現在、この屏風は専門業者によって反古紙や新聞を剥がす作業が行われており、どんな新聞が出てくるのか、宝探しのようでわくわくしています。

3. 新聞の利用と保存

明治文庫では現在でも新聞原紙の収集に努め、利用に供しています。そのため、テレビ番組やビデオ等で使用する原紙の撮影に協力することがあります。今年に入って「日本5」という新聞の撮影がありました。撮影をしていた方が「本物には力がありますね」と話されたのが印象に残っています。

しかし、新聞紙は紙の材質がよくないものが多く長期保存に向いていません。劣化の進む原紙を保護するため、復刻版やマイクロフィルムの利用をお願いしていますが、温度・湿度の変化に弱いマイクロフィルムの保管に適した書庫環境を長い間つくることができず、マイクロフィルムの劣化が進んでいます。平成25年度に保管庫を設置し、マイクロフィルムの保存環境を整備したものの、一度劣化したフィルムを元に戻すことはできません。明治文庫のマイクロフィルムは約16,000リールありますが、その一割強が劣化し、利用が難しくなっています。

現在、フィルムの複製を作る計画を立てていますが、費用の問題があり思うように進んでいません。


明治文庫所蔵新聞:左から「東洋自由新聞」
「日本地」「大阪新聞錦絵」「新聞画解」

4. 所蔵検索システム「明探」

また、当館では所蔵資料情報の公開も進めています。2015年3月23日、明治文庫はオンラインの所蔵検索システム「明探」を公開しました。

これは、公益財団法人図書館振興財団平成26年度振興助成事業助成金の交付を受け開発したシステムです。

これまで明治文庫所蔵の新聞資料はオンラインで検索することができませんでしたが、インターネット環境があれば24時間どこからでも検索が可能です。PCだけではなく、タブレットやスマートフォンにも対応しています。また、錦絵新聞や古写真の画像を閲覧することもできます。

公開当初より遠方の利用者や大学等の研究者に喜ばれています。海外からのアクセスや問い合わせも多く、今年度に入って、海外からの来館者は既に100名を超えました。これは前年度の同時期と比べて3.5倍の増加です。


明治新聞雑誌文庫所蔵検索システム「明探」

この「明探」は、学内でも評価され、2015年度「業務改革総長賞」特別賞を受賞しました。

「明探」という名は、利用者に明治期への窓を開く一助となるように、つけられました。

まずは、この明治への窓を開いてみてください。その向こうに明治文庫があります。資料を通じて、明治という熱い時代を感じていただけたらと思っています。

(しらいし めぐみ)

  1. 西田長寿「紙魚三十年」『図書館の窓 : 東京大学附属図書館報』東京大学附属図書館, 4(3),1965.3, p.26 <国立国会図書館請求記号:Z21-282>
  2. 「主な文庫・コレクション」『東京大学附属図書館概要2015/2016』東京大学附属図書館,[2015],p.10
  3. 明治24年刊行。茨城新聞の前身となる新聞
  4. 明治33年から大正7年まで香川県で発行された新聞
  5. 明治22年から大正3年まで発行された新聞。陸羯南、福本日南などによって創刊。正岡子規、河東碧梧洞、佐藤紅緑等が記者として在籍した。

このページの先頭へ