• 利用案内
  • サービス概要
  • 東京本館
  • 関西館
  • 国際子ども図書館
  • アクセス
  • 複写サービス
  • 登録利用者制度
  • オンラインサービス
  • オンラインサービス一覧
  • 国会関連情報
  • 蔵書検索
  • 電子図書館
  • 調べ方案内
  • 電子展示会

トップ > 刊行物 > びぶろす > 70号(平成27年10月)

びぶろす-Biblos

70号(平成27年10月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412
5. 【特集:地図を読む】
東京都立中央図書館所蔵江戸図のご紹介

東京都立中央図書館サービス部情報サービス課 西田美奈子

1. はじめに

東京都の図書館サービスは、明治41(1908)年に開設した東京市立日比谷図書館に端を発している。その後、大正天皇即位礼に際し、東京市に下賜された10万円をもとに江戸・東京資料を収集した。これが現在の「東京誌料」で、江戸城造営関係資料(重要文化財)のほか、多数の江戸図も含まれる。これらは、先達の努力により戦火を逃れ、東京都立中央図書館特別文庫室に引き継がれている。

2. 江戸図の紹介

所蔵資料を代表する江戸図を紹介したい(書誌の最後のカッコ内の数字は請求記号)。

(1)長禄江戸図 長禄年間(1457-1460)頃 写図彩色 66.2×77.3cm(A10-6)

太田道灌が江戸城を構えた長禄年間の頃を描いたと言われるが、事実関係が証明できないところもあり、後世の擬作とされている。図の中央に城、周辺に村の名前や鳥居を示す記号が書き込まれている。

(2)慶長江戸図 全 慶長7(1602)年頃写図彩色 40.3×53.2cm(A11-2)

所蔵のものは弘化2(1845)年の写しとされ、素朴な図だが、信頼できる現存最古の江戸図とされる。城の周辺のみ描かれている。

(3)武州豊嶋郡江戸庄図 寛永9(1632)年頃 写図彩色 85.4×118.5cm(A13-2)

三代将軍家光の頃の江戸の様子を描いた、寛永9(1632)年刊行のものの写し。御三家の尾張、紀伊の上屋敷が城郭内にある。幕末の江戸図は、城の部分に「御城」の文字や御紋しか描かれなくなるが、この図では明暦3(1657)年の大火で焼失する天守閣が描かれている。城下は区割りされ、現在の丸の内地域は武家屋敷のため区割りが広く、町人の居住地である日本橋地域は細かいことがわかる。

(4)新添江戸之図 明暦3(1657)年 写図彩色 121.8×59.5cm(A17-1)

明暦2(1656)年頃の江戸を描いたと思われる写図で、版元、発行年を明記してある。江戸図のほとんどは西を上にした図だが、この図は北を上にした縦長の図で、極めて珍しい。奥書に西南方向を新たに加えたとあり、“新添”とされたゆえんがわかる。明暦の大火前に発行されていて、町並みが変わる前の貴重な図とされている。

(5)新板江戸大絵図 麹町、日本橋、京橋、内桜田、芝筋迄 [寛文五枚図1] 遠近道印 作 経師屋加兵衛 寛文10(1670)年 木版手彩 156.0×163.5cm(A19-1)

城下町が発展し、1枚の地図に入りきらなくなり、新板江戸外絵図と称する4枚と合わせて一組となり、寛文五枚図と呼ばれている。5枚を合わせて見ると、明暦の大火後、徳川御三家を城郭内から外に出し、外堀の内側にあった寺院を移動、広小路や火除地を設ける等、防災を観点に町を復興した様子が伺える。これまで描かれなかった青山、麻布に加え、大火後に発展した本所深川の地域も描かれている。江戸城は輪郭のみの記載になっている。

(6)江戸図正方鑑 温清軒図 佐藤四郎右衛門 元禄6(1693)年 木版手彩 142.5×153.5cm(A23-6)

元禄時代には多様な江戸図が刊行される。この図は、大名の上屋敷を示すのに、家名は勿論、紋、石高、江戸までの里数、大名槍のしるし等の情報を加えた。図の周囲には、江戸の小図や各地への町数、大名上屋敷の表など、多くの情報も盛り込んでいる。

(7)東都番町図 全 狐阡瀬貞雄・鼇峰依為質編輯 美濃屋、吉文字屋 宝暦5(1755)年 45.0×64.3cm(特4304)

現在のように住居表示や表札がなく、探す家を訪ね当てられない人のために切絵図 1 が作製され始めた。吉文字屋板は最初の切絵図。東都とは江戸のことで、この地図には、現在の飯田橋、九段、富士見町、番町、麹町、四谷あたりが描かれている。吉文字屋板は地域の異なる8枚が確認されており、当館は版が異なるものの、8枚すべてを所蔵している。

(8)改正懐中番町絵図 全 村上吾雄誌 近吾堂(近江屋吾平) 嘉永4(1851)年改刊 44.5×63.2cm (特4306-3)

近吾堂(近江屋)の切絵図は、地形的には、最も人気のあった(10)の尾張屋板よりも正確だと言われている。川と道だけが淡い彩色で、字が読みやすい。家紋は描かず、坂や辻番を記号で表し、シンプルかつ実用的に作られた。

(9)外桜田永田町絵図 全 景山致恭図之 尾張屋清七 嘉永3(1850)年 45.8×51.5cm (0411-26)

尾張屋の切絵図は、武家屋敷は白、寺院は赤、町家は鼠色と鮮やかな色調で色分けしているのが特徴となっている。上屋敷は紋、中屋敷は■、下屋敷は●印で区別している。

これまでの切絵図よりも見やすさを重視したが、地形は必ずしも正確ではない。江戸の土産ものとして人気が高く、他の板元の切絵図より多く普及したと言われる。

幕末には城部分に御紋を描くことが禁止され、同じく尾張屋板で1865年改正再版刊「御曲輪内大名小路絵図」(所蔵)では鶴亀が描かれた。発行数が少ないと言われ、貴重な1枚。

(10)日本橋南北浜町八町堀辺図 平野屋平助 嘉永5(1852)年 47.0×49.3cm (0421-7)

平野屋板は、各図を重ね合わせれば1枚の地図になるほど正確と言われる。

縮尺も方位も正確さを重視したが好まれなかったのか、刊行予定の40枚のうち、3枚で終えたようである。(当館では3枚とも所蔵。)

3. ウェブでの公開

江戸図を含む江戸・東京関係資料約24,000点をデータベース「TOKYOアーカイブ」により公開している。画像を使用したい場合は、電子申請で申込むことができる。

4. さいごに

これらの江戸図を見比べると、小さな農村だった江戸が、入り江が埋め立てられ、上水が整備され、お城を中心に武家屋敷や町人地が形成され、その範囲をどんどん広げていったことがわかる。幾度の火災をも乗り越え、防災面等の機能強化を行いながら、人々がどのように逞しく町づくりを進めていったか、思いを馳せて地図を見ると、まるで自分が江戸時代に飛んでいったかのような感覚になる。

今回は江戸図をご紹介したが、明治時代以降の東京の地図も多く所蔵しており、ぜひご利用いただきたい。

(にしだ みなこ)

  1. 江戸時代~明治前期の詳細な絵図の名称。地域別、地目別に区切って作られた。

このページの先頭へ