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トップ > 刊行物 > びぶろす > 59号(平成25年2月)

びぶろす-Biblos

59号(平成25年2月)

びぶろす

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412
2. 【平成24年度国立国会図書館長と行政・司法各部門支部図書館長との懇談会】
「東日本大震災の記録の収集・保存の重要性について」―御厨貴氏特別講演要旨―

国立国会図書館総務部支部図書館・協力課
幡谷 祐子

 平成24年12月10日、国立国会図書館東京本館において、標記懇談会を実施した。
 今年度は「東日本大震災アーカイブ」をテーマに掲げた。これは、総務省、国立国会図書館をはじめとする関係機関が連携・協力して、国全体として震災の記録を収集・保存する仕組みを構築し、国内外の各機関等が収集・保存している震災の記録の所在を把握し、誰もが一元的に検索・アクセスできるようにするプロジェクトである。
 懇談会では、まず御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センター客員教授・復興庁復興推進委員会委員長代理)による「東日本大震災の記録の収集・保存の重要性について」と題した特別講演が行われた。その後、総務省の高橋文昭氏(同省情報流通行政局情報流通振興課長)、国立国会図書館の柳与志夫(電子情報部司書監)による、それぞれの機関における本プロジェクトへの取組に関する報告があった。
 このうち特別講演では、記録の収集・保存の意義や課題、それらに携わる機関、個人が踏まえるべきことが明快に示され、本プロジェクトの理解に資するところが大きいので、以下にその要旨を紹介する。

1 はじめに

 東日本大震災に関する記録のアーカイブの必要性については発災当初から認識されており、「復興への提言」(平成23年6月25日 東日本大震災復興構想会議)ができる前の、「復興構想7原則」(平成23年5月10日 東日本大震災復興構想会議決定)の「原則1」にも「大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信する。」と盛り込まれた。しかし、これが一番大事だと誰もが思っているものの、推進することは非常に難しい。
 今回の場合は、各府省に蓄えられている文書も我々から見たら「資料」なので、捨てずに取っておいてください、というのが第一のメッセージである。これらの保存の問題は総務省と国立国会図書館の報告に譲り、ここでは全体についてお話しする。

2 「アーカイブ」周知の課題

 「復興への提言」に続いて、平成24年9月に出した「復興推進委員会平成24年度中間報告」の「災害の記録と伝承」にも、大震災の記録を残すべきであることを実態と共に書いておいた。東日本大震災アーカイブのための課題抽出会議1をさらにアドホックに行い、1月の復興推進委員会ではこのアーカイブの問題を議論し、3月に出される想定の復興庁の年次報告に、これまでの取組と今後どうすべきかを書き込む予定である。
 ただし、国立国会図書館によるアーカイブの取組について話をすると、アーカイブとは何か、国立国会図書館とは何か、と根本的な質問を受けることがある。復興推進委員会の中でさえ充分知られていないことが分かったので、内輪だけの議論にならないように気を付ける必要がある。
 震災・復興の記録については、府省の文書のほか、現地でのNPO、研究機関、民間団体等によるさまざまな資料を、きちんとした形で集めていきたいと考えているが、それらをどう繋いでいくのかが問題となる。
 最終的には国民に利用していただくことが目的だが、国民の代表のような人達にもあまりよく理解されていないという事態を考えると、これから我々がやるべきなのは、まずアーカイブについてもう少し開かれた言葉で説明すること、そしてそれは、実に将来に役立つものだから集める必要がある、という議論構成をしていくことだと考えている。

3 記録の自覚的保存の必要性

 あるシンポジウムで、国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)については、国立国会図書館がそのアーカイブをするという話を聞いていたが、報告書が出た後まもなく閉鎖されたので、資料がその後どうなっているのかよく分からない、という話があった2政府事故調(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)に関しては内閣官房が、民間事故調(福島原発事故独立検証委員会)の方はその民間団体3が持っているわけだが、これもずっと置いておくわけにはいかないだろう。ある部分に関してはホームページで公開していくと言っていたが、全部を公開するのは不可能であろうと考えると、どうすべきかはかなり大きな問題である。
 事故調の資料は、守秘義務や、証言していただいた時の約束等で、すぐには出せなかった部分が当然ある。それらをある年代を経て徐々に解除していき、アクセス可能な形にするというのは、考えているほど容易ではなく、事故調自体のあり方と密接な関係を持ってくる。
 したがって、各府省の震災対応、復興対応で作られている膨大な文書も、タグを付けて保存する等、その後の形をある程度考えておかないと、活用が難しいと思う。各府省のあり方によって資料の保存方法も決まってくると思うので、その辺はかなり自覚的にやっていく必要がある。

4 科学的データのアーカイブ

 各府省の資料の中で、気象情報や、被災地の状況が分かる地図等の科学的データも、アーカイブしておくべきものである。しかしヒアリングをしていくうちに、放っておくとこれがアーカイブされるかどうか分からないと気付いた。
 科学技術の問題は、気象の問題、地学的問題、地図上の問題等を全部含めて、府省と同時に、学会とも繋がってくる。学会及びそれに集まる研究者と、府省及びその公務員との連携の中で、どうやって残していくかが決まってくると思う。それは原子力規制庁等が関わっている原子力関係のデータを残していく問題にも関係していて、これも府省の協力がなければできないことであろう。
 そのため、文書、デジタル、そして科学的データを含めた全体性というものを見通して残していくことが非常に重要になってくる。多層的に残されている資料をきちんとアーカイブしていくことが重要であろう。

5 消えていく記録

 また、東北の現地調査で聞いた話だが、民間の人たちが持っている写真等をどのように採取していくかという難しい問題がある。以前に国立国会図書館と一緒に行ったシンポジウムでも、それがかなり問題になった。
 現地の人と話した感じで言うと、その当時写した津波等の記録が、相当程度消されつつある。津波の記録はかなり残酷で、あまり鮮明に覚えておきたくないということがあるようである。「311まるごとアーカイブス」等の仕組みはできていると分かっていても、それから漏れているものも遥かに多い。あれはなかったことにしたい、と思う人たちはそっと処分している。復興へ足を向ける時に、そういう残酷な記憶は足かせになるということだろう。私は処分しました、とはっきり言う人はいないが、いろいろ聞いていると、これはもう残っていないとニュアンスで分かることが大分出てきている。
 そのため、やはり来年の3.11は、かなり危ないと思っている。つまり2周年までに相当手を打たないと、自然に消えていく。もちろん記録というのは、いろいろな理由で消えていき、淘汰されることは当然ある。それでも、このまま放っておけば急速に、加速度がついて消えていくということを現地で感じた。特に陸前高田や大船渡等、津波で相当程度水に呑まれてしまった地域は、本当に早くやらないと危ないと思った。
 ただ、ではどうしたらいいのか、というところが今一歩考えられない。何かしなくてはと思っていても、このような方法なら皆が出してくれる、という初歩的段階の仕組みが現在ない。

6 公開へのグローバルな視点を持つこと

 一方で、集まってきた情報をどのように利活用するかという問題がある。事故調等でも「利活用と言われても・・・」とはよく言われるところで、「そもそもあれは外に出さないことを前提に話したのだから出せませんよね」という話を時々聞く。そういうことを言い出したら、およそ全てのものが出てこないが、表に出ているものだけが真実だとしておくわけにはいかない。
 では一体どうするのかという話になるが、そこに興味深い点がある。
 民間事故調もだが、特に国会事故調の場合は、海外から資料を見せてほしいと言われる。しかし日本語の資料は肝心なことが書いていない。つまり、当時の科学技術的データがない。海外諸国が今回の東日本大震災から教訓を学ぼうと思った時に、欲しいのは客観的なデータなのに、そういうものなしに出せるのかという話もあるようである。
 日本語版では、やはり官邸の対応が一つのハイライトのようになっているが、こちらが残したいと思ったところと、国際標準から見た時とは違う。英訳する場合には、今は伏せている資料から作り直さないと国際対応ができないという場面が出てくる。そうすると今は伏せている資料でも、逆に将来出せる部分もあるかもしれない、という非常にダイナミックな性格を持つことになってくる。
 30年間や10年間非公開、あるいは関係者が生きている間は非公開というような話とは別に、公開への圧力が外部から相当出てくる気がする。日本が、いわゆるグローバリゼーションの中で、いろいろなことをやらなければならないとはよく言われるが、こういうものへの対応も必要である。出さないことが条件だったというようなことは内側の論理に過ぎず、対外的通用力は持たないとも言える。
 各府省で持っている資料をアーカイブしなければならない理由は、この問題とも関係がある。先進国でこれだけの災害を受けた実例というのは極めて少ないので、世界各国は、日本がどういうデータを残しどう活用していくかを見ている。それは政府レベルでも見ているし、科学者レベル、学会レベルでも見ている。日本国内だけの理由で縛りをかけて、これは見せないようにしようという話ではない。
 そもそも事故調を作ったこと自体が、従来の日本ではあり得なかったではないか。アメリカ等ではすぐに事故調を作り、具合の悪い結論が出ても呑み込んでやっていくが、日本では、これまではなかなかそういかなかった。そこをどのようにグローバル対応に変えていくかということは、これから一生懸命考えていかなくてはならないと思っている。もちろんこれも容易に結論の出る話ではない。
 今日お話ししているのは、私からの問い掛けであって、そういうことを国立国会図書館という大きな、そして潜在能力を開発している組織と一緒に考えていきたいということである。もしそれをやらないと、結局この先また同じようなことが起こった時にどうするかということになる。
 復興対策は今後も国政レベルも含めて様々なレベルで議論されていくので、これから我々が資料をきちんと残し、そしてその資料間の関係を明らかにしたアーカイブを作っていくということは重要であろうと考えている。

7 おわりに

 今日私が話してきたのは、資料というものを残す時から、ダイナミックな関係の入れ子を構築して、その中に入れて考えようという提案である。
 ベルトコンベアーに載ってきたものをなんとなく順番に置くという話ではなくて、それが我が府省、あるいは府省を通じた我が国の今後の政策的対応にどう役立つのかという積極的な視点を入れて、資料を残し、あるいは伝えていくことを自覚的にやらなければならないと思う。
 我々がオーラル・ヒストリーで人々の記憶を紡いでいくのも、そういう積極的な作業だと思っている。本人が回顧録を書いたら、恐らく残さないであろうことも、オーラル・ヒストリーでは結構聞き糺してしまう。そこから、あまり出してほしくないような話も出てきて、それで一つの資料集になっていく。
 そう考えると、各府省におかれても、やはりルーティンワークの一つという感じではなく、主体的な立場で残していただくことが大事である。また、それを最終的には国立国会図書館との連携の中で位置付けていくことが、非常に重要なことではないのかと考えている。

  1. 東日本大震災アーカイブを国全体の取組としてさらに推進するために、アーカイブの概念の明確化や国としての課題の抽出を図り、認識を共有化するための会議。具体的には、アーカイブに関連する有識者や実践団体等からのヒアリングを行う。御厨教授を座長として、内閣府(防災担当)及び復興庁が事務局を務める。
  2. このあと当館より「10月の終わりに事故調から調査に使った資料を引き継いだ。ただ、当時非公開の約束で集めた資料がほとんどであり、公開の方法、時期、ルールを含めてこれから検討していかなければならない。公開されたweb上の報告書等については、当館のwebで全部見られるようになっている。」と補足した。
  3. 一般財団法人日本再建イニシアティブ

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